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臨場感のあるネット情報

 ベトナムの男たちは宴会好きだ。ネット上に投稿されたベトナム語の情報によると、5月12日は雨で太陽光パネルの仕事の面接が流れたので、労働者同士で平日の昼間から集まって飲み食いをおこなっていたという。

 合計8人の男たちだった。加害者と被害者の「グエン」同士は、この家に来るまでは面識がなかったとみられている。

 だが宴会中、きちょうめんな性格だったというカー容疑者が、生活態度をめぐって年上のホアに抗議。酒の勢いもあって双方の口論がはじまり、やがて殴り合いに発展する。そして、激昂したカー容疑者が、たまたまポケットに入っていたナイフでホアを何度も突き刺した──。

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軍歴があったらしきカー容疑者。本人のFacebookページより。

 この投稿では、本来は接点がない加害者側と遺族側の双方について精度の高い情報が書かれており、特に殺害経緯についての目撃談には臨場感がある。私の通訳Tの見立てでは、捜査を手伝ったベトナム人通訳者などが書き込んだ情報ではないかともいう。さておき、真偽のほどは不明ながら、実際の事情もこれとそう変わらなかったのではないか。

いまだに血の海のままだった

 さて、2020年10月の「群馬の兄貴」逮捕事件や、その前後にアパート内で豚を解体したベトナム人の摘発が続いた際には、一部の住民が仲間の逮捕後も同じアパートに住み続けているケースが多かった。彼らは身元が不安定な不法滞在者や帰国困難者たちであり、たとえ逮捕者が出た住居であろうと、他に行くあてがない場合が多いからだ。

 今回、私が「紀州のグエン」殺人事件に関心を持った理由も、ひょっとして同じ部屋に残っている仲間がいるのではと見当を付けたためだった。そこで、約1週間前に人が刺殺されたばかりの部屋にビールと米を持って突撃し、目撃談を聞いてみようと思ったのである。

雨の中、事件現場とほど近い下万呂のスーパーにビールを買いに行く。とにかく通訳のTと一緒にビールと米を持っていけば、ベトナム人たちは家に上げてくれることが多いのだ。

 ただ、結論を先に書けば、今回のアパートは無人になっており、突撃作戦はうまくいかなかった。

 部屋は容易に特定することができ、屋外に置かれた洗濯機の脱水槽には作業着が入りっぱなしになっていたので、夕方になれば住人が帰ってくるのではないかと一時は期待した。しかし、部屋の裏側に回り雨戸を開けてみたことで、私はすべての事情を了解した──。