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 ガラス窓越しにのぞき込むと、板の間は血の海のままだった。散乱した紙皿や箸も確認できる。さらに奥の部屋の床には血のついた足跡が残っていた。いくらなんでもこんな部屋でそのまま暮らし続けることは不可能だろう。

ホアが刺殺された室内。奥の板の間の黒いシミと、手前の部屋の黒い足跡はいずれも血痕である。2021年5月20日著者撮影。

 室内には銀色のスーツケースや、赤いリュックサックがそのまま放置されていた。死亡する前夜におそらくこの家に泊まったはずの、被害者ホアの遺品かもしれない。

ケンカの刃傷沙汰、続発中

 今回の事件は、肉体労働者の「飯場」における荒くれ男のケンカと刃傷沙汰であり、わが国においても昭和の任侠映画などではお馴染みの話だ。ただ、高度経済成長の時代には日本人が担い手だった騒動の主体は、いまや急増するベトナム人労働者たちに置き換わっている。

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 低賃金で働く技能実習生がコロナ禍でいっそう困窮して逃亡し、不法滞在者化したものの、やはりコロナ禍における帰国困難ゆえに特例措置を受けて日本国内に残留、身元引受先のない流れ者と化した末に事件を引き起こす──。

 こうした背景の事情はかなり当世風だ。他にも検索してみると、近年の日本国内におけるベトナム人労働者の刃傷沙汰とみられる事件はいくつも見つかる。代表的なものを紹介しよう。

・2021年2月、埼玉県朝霞市で37歳の男性がケンカの末に25歳のベトナム人男性を刺殺し逮捕。

・2020年9月、岡山県倉敷市で21歳の技能実習生女性が28歳の同僚女性の胸を刺し逮捕。

・2020年5月、富山市で20歳の技能実習生男性が21歳の技能実習生を刺殺し逮捕。

・2020年1月には福島県郡山市で22歳の技能実習生男性らが口論の末に刺し合いになり逮捕。

・2019年12月には岐阜県本巣市で同じく22歳の技能実習生男性が同僚を刺し逮捕。

 ベトナムは往年の日本と同じく、国民の平均年齢が低くて若者が多いうえ、比較的近い過去に戦争を経験している社会だ。現代のベトナム人労働者の間において、他者とのトラブルの解決手段として自力救済が選択されたり、当人のメンツがかかった場における暴力行使への敷居が低かったりする傾向がある点は、やはり指摘せざるを得ないところがある。

 国内の単純労働の担い手が外国人に置き換わることは、労働者たちの母国の社会の問題点を受け入れることも意味する。今回の事件はまだまだ氷山の一角。将来的に起こり得る深刻な事態の序章に過ぎず、今後はより多くの課題が生じていくのではないか。私はそんな懸念を持っている。