2018年、中国で、ゲノム編集技術により遺伝子改変したヒト受精卵から双子を誕生させたという衝撃のニュースが流れた。技術が未成熟で国際的な議論が進まない中での暴挙に、世界中から非難の声が上がった。
生まれた子だけではなく、その子孫にまで影響を及ぼすゲノム編集。科学者が新たな技術の負の側面と向き合い、望ましい研究のあり方を模索するために必要なことは何だろうか。科学ジャーナリスト・須田桃子氏の『合成生物学の衝撃』より一部抜粋して紹介する。(全2回の1回目/#2を読む)
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「責任ある科学」
2018年7月、私はかねて会いたかった人物に日本で会う機会に恵まれた。米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授。第三章で紹介した「究極の遺伝子編集技術」、CRISPR‒Cas9(クリスパー・キャスナイン)というゲノム編集技術を開発した一人だ。
インタビューのテーマに「責任ある科学(Responsible Science)」を選んだ。新たな技術やアイデアを生み出した科学者自身が、研究の初期の段階から、その負の側面にも目を向けて生じうるリスクを開示し、それについて積極的に社会と対話し、望ましい研究のあり方を模索するーーといった意味だ。それに類する「責任あるイノベーション(Responsible Innovation)」という言葉とともに、留学中、さまざまな議論の場で耳にした。
ダウドナはまさに「責任ある科学」を体現する一人と言えるだろう。CRISPRの開発から二年後には自ら研究者や市民に議論を呼び掛け、著書のなかでは、原子力の研究が核兵器開発につながった歴史を振り返り、ゲノム編集技術の悪用や乱用を懸念している。
インタビューでダウドナは、ゲノム編集に関する幅広い議論を提案しつつも、自ら参加することに当初はためらいがあったと明かした。「生命倫理の専門家ではなかったし、遺伝子操作の国際的な規制についての知識もあまりなかったからです。科学者ではない人たちからの質問に答えることにも不安を感じていました」。背中を押してくれたのは、相談した大学の同僚だったという。