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親が望む特性を子に与える「デザイナーベビー」も…ゲノム編集技術を開発した科学者の強い懸念

『合成生物学の衝撃』より#1

2021/06/08

source : 文春文庫

genre : ライフ, 読書, サイエンス, 医療, 国際

note

「現時点で越えてはいけない一線だ」

 ゲノム編集の主なリスクとして、目的外の遺伝子を誤って改変してしまう「オフターゲット変異」があり、改変の部位によってはがんなどの予期しない副作用が起こりうる。さらに、受精卵は細胞分裂が盛んなため、狙い通り改変できた細胞とできなかった細胞が一人の中に混在する「モザイク」と呼ばれる状態になることもある。もし一部の細胞しか改変できていなければ、生まれた子には期待した医学的効果がみられない、という結果にもなりうる(実際、賀の発表などによると、生まれた双子いずれもモザイクになっている可能性があるほか、一人のゲノムには少なくとも1カ所のオフターゲット変異が認められ、もう一人は二本の相同染色体のうち片方しか改変できていなかった)。

©iStock.com

 では医学的妥当性があり、安全性も担保されていればよいかといえば、もちろんそうではない。受精卵や卵子・精子といった「生殖細胞」の改変は、生まれた子だけではなく、その子孫にまで影響を及ぼす。また、差し迫った医学的な理由がないのに遺伝子を操作することは、親が望む特性を子に与える「デザイナーベビー」を作る試みともみなせる。

 技術が未成熟で国際的な議論が進まない中での暴挙に、世界中から非難の声が上がった。

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 伏線はあった。CRISPRを使った実験室レベルでのヒト受精卵の遺伝子改変は、2015年に中国の別の研究チームが世界で初めて実施し、その後も複数の研究チームが報告している。2015年の研究では、子宮に戻しても育たない、異常のある受精卵が使われていたものの、米ホワイトハウスが「現時点で越えてはいけない一線だ」という声明を発表するなど、大きな波紋を呼んだ。

 同年の冬には、米ワシントンDCで米英中の学術団体がヒトのゲノム編集に関する初の国際会議「ヒトゲノム編集国際サミット」を開き、適切な規制の下での基礎研究は容認しつつも、改変した受精卵を妊娠・出産に用いる臨床応用については「無責任だ」とする見解をまとめている。

合成生物学の衝撃 (文春文庫)

須田 桃子

文藝春秋

2021年6月8日 発売

親が望む特性を子に与える「デザイナーベビー」も…ゲノム編集技術を開発した科学者の強い懸念

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