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《中国SF小説『三体』完結》「三部作で一番好きなのは、宇宙の究極の真相が提示された『死神永生』」 李琴峰が語る作品‟最大の弱点”とは

2021/05/31

source : 文學界

genre : エンタメ, 読書, 国際, 娯楽

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 2021年5月25日、SF長編『三体』三部作(早川書房)が、『死神永生(ししんえいせい)』の刊行を以て完結した。作者は中国の作家・劉慈欣で、世界全体での累計発行部数は2900万部を超える大ヒット作だ(2019年時点)。

 異星人である「三体人」と地球人との攻防を描いた『三体』について、台湾籍の作家である李琴峰さんが、その魅力を語った。(初出:『文學界』2020年10月号、全2回の2回目。1回目を読む

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地球人と三体人の初戦――『黒暗森林』

 陽子を11次元展開させることができるなど、地球よりも遥かに高度な技術を有する三体星人は、しかし弱点が全くないわけではない。過酷な環境を生き抜くために、極度の独裁体制、そして効率と生産性を重んじる合理的な生き方を作り上げたため、彼らの世界では意思疎通は思考のレベルで行われている。つまり互いにとって思考が筒抜けなのだ。そのため、三体人の世界では高度な謀略や欺瞞が存在し得ない。しかし彼ら(が地球に送り込んだ智子)には地球人の思考が見えない。それが地球人にとって唯一の勝機である。そこに付け込んで発足したのが「面壁計画」というもので、計画の実行人として四人の「面壁者」が選出された。本作の主人公であり、大した志を持たない平々凡々とした学者であるはずの羅輯が、その一人である。

 地球上のあらゆるリソースを使い、三体人を迎え撃つ計略を練るのが面壁者の任務である。しかも彼らは誰にも自分の行動について説明する必要がなく、彼らが発する言葉は三体人を欺くための嘘かもしれないので、「面壁者をやめる」といった辞退宣言すらも誰にも真に受けられることはない。つまり羅輯には計画から下りる手段がなく、面壁者をやり続けるしかないのである。一方、面壁計画に対応すべく、地球三体協会側も面壁者の真の計略を見破り、無効化させるための「破壁人」を立てる。『黒暗森林』の物語はそんな面壁者と破壁人の頭脳戦をめぐって展開される。

 面壁者たちが画策した奇想天外な謀略が本書の見どころの一つだが、もう一つの見どころは、やはり「宇宙の真相」というものだろう。それはすなわち本書のタイトルになっている「黒暗森林」というものであり、また「フェルミのパラドックス」(数学的に考えて、地球外文明が存在する可能性が極めて高いにもかかわらず、地球人はそのような文明とは接触していないという矛盾)に対する著者・劉慈欣が提示した答である。そんな宇宙の真相に対して、星空に憧憬を抱く読者は戦慄を覚えずにはいられないだろう。

©iStock.com

 また、本書には地球人と三体人との記念すべき初戦が描かれている。それが「終末決戦」という、本書におけるクライマックスなのだが、ネタバレせずに語れることは少ないため、これについては触れる程度に留めたい。

宇宙の真相、そして時空の果てまで――『死神永生』

『黒暗森林』の下巻の帯には、「本書は中国でシリーズ中もっとも評価が高い」というコメントがついている。裏を返せば、『死神永生』が『黒暗森林』よりも評価が落ちるということになる。それもそのはずで、『死神永生』は文字通り時空の果てまで描こうとしているため、どうしても大風呂敷を広げ過ぎたという謗りを免れることは難しい。特に小説の最後の十分の一は偶然に次ぐ偶然が起こり、設定集を読んでいるかの如く物語性が薄く、小説としての完成度が高いとは決して言えない。「中途半端なまま終わってしまった」という印象を読者が受けるのも無理からぬことである。

 しかし三部作の中で私が一番好きなのは『死神永生』である。スケールの壮大さ、そして時空の果てまで描き切ろうという著者の野心を買ったためである。『黒暗森林』で明らかにされた宇宙の真相など取るに足らないものに見えてしまうくらい、本書では更に壮麗な、宇宙の究極の真相が提示されている。その真相は恐ろしく、それと比べれば三体人の地球侵略なんて可愛いものである。更には「ゼロ光速」「死線」「宇宙回帰運動」「帰零者」「時間の真空」「黒域」「光の墓」「低光速ブラックホール」「ビッグ・クランチ」「ビッグ・リップ」など、コアなSF設定がつるべ打ちになっている。これらの設定の提示が唐突過ぎて物語として消化され切れていないのは残念だが、それでも非常に想像力を掻き立てられた。暗黒物質など現代宇宙論においてまだ正体が明らかになっていない存在について独自の解釈を提示しているところも面白い。

 本書の主人公は程心という善良な女性で、彼女は様々な人間の思惑で「執剣人」に選出される。「執剣人」とは、かつての米ソ間における「恐怖の均衡」のように、地球世界と三体世界との「恐怖の均衡」を維持する役割であり、いざという時に「ダモクレスの剣」を発動させ、二つの世界を滅ぼす決断をしなければならない。しかし、道徳観が皆無な宇宙において、程心はその善良さゆえに度々失敗をし、地球人類はそれによって翻弄されることになる。

『死神永生』にはところどころ「時間の外の往事」と題される文章が挿入され、設定を説明しているが、後にこの「時間の外の往事」の持つ意味が明らかになる。「往事」といえば、そもそも『三体』シリーズには『地球往事三部作』という別称がついている。結局地球は滅びたのか、それとも生き残ったのか? このシリーズ名にそのヒントが隠されている。