「負けるにしても、もっとベストが尽くせたはず」
この1敗は4回戦の石本さくら女流二段との対局だったのだが、こちらの準備不足から序盤に大量に時間を使うことになり、中盤の難所で暴発し、結果、一方的な敗戦になった。
序盤の準備をもっとしっかりやっていれば、中盤で時間を使えたのに……。
あそこで暴発しなければ、もっとちゃんとした勝負にできたのに……。
「ここで勝っていれば」という気持ちではなく、「負けるにしても、もっとベストが尽くせたはず」という悔しさが強い。力を出し切れずに負ける自分に、猛烈に苛立った。
同じ負けるにしても、なんとなくフラッと負けるよりも、自分の力を出し切って負ける方が気持ちを切り替えやすい。
生きている以上、後悔をなくすことは不可能だが、減らすためにも、自分が大切にしているものにはきちんと向き合うことが重要なのだ。
ダメであっても自分が納得できていれば、前向きに次に向かっていける。
こういう敗戦を迎える度に、いつも自戒するのだが、1年に数局やってしまう。それなりに長く女流棋士をやってきたのだから、そろそろ学習してほしい。
自分が強くなることでしか、この世界は解決しない
おまけに、今回のこの負けは順位に直結する。
トーナメント戦では、負けたら「また来期、一から頑張ろう」で良いのだが、順位戦は結果が毎年蓄積していく。
たくさん対局ができる有難みがある一方で、1敗の重みがトーナメント戦よりも重い。体感的には1.5倍といったところだろうか。
そこでフラッとした将棋を指してしまった自分に、叫び出したい衝動に駆られるが、何をしても一度ついた黒星は白くならない。
叫ぶかわりに、夫にいくつかの嫌がらせをして精神を落ち着かせた。
こういう時に夫が同業者なのは、勝ち負けの心理に理解があって良い。私達は互いの勝敗を「勝ったらいいな」位にしか思っていないが、その内容や結果が与える心の機微はよく分かる。
それにしても、書いたことを振り返ると、自分が戦い、全力を出せなければ、負けに納得できないとは、なかなかに難しい。経験で分かっているが、これを実践できるのは日々鍛錬を積んでいる人達だ。
結局は自分が強くなることでしか、この世界は解決しない。勝とうが負けようが、勉強して、強くなるしか道はないのだ。
順位決定トーナメントが終了し、初代白玲が誕生すれば、いよいよ本当の意味の順位戦が始まる。
今期で少し、順位付けの戦いの重さが分かったが、昇級・降級が絡んでくる来期はいよいよ「怖さ」が見えてくるだろう。
どんな結果であれ、自分が納得できるような戦いを続けていきたい。
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対局、解説、執筆……多方面で活躍している上田初美女流四段、そのコラムが文春将棋ムック「読む将棋2021」にも掲載されています。ぜひお買い求めください。