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特集観る将棋、読む将棋

「パンツはなんでもいい」藤井猛九段と行方尚史九段が、米長道場で切磋琢磨していたころ

「藤井猛と行方尚史、二人は戦友」番外編 荻窪居酒屋にて

2021/05/05

genre : ライフ, 娯楽, 芸能

 藤井猛九段と行方尚史九段は、ともに1986年、プロ棋士の養成機関である奨励会に入会しました。棋風も性格も対照的な二人は、以来、友情を育んできました。

 文春将棋ムック『読む将棋2021』に掲載されたルポ「藤井猛と行方尚史、二人は戦友」の番外編として、荻窪の居酒屋での対談を読者にお届けします(この対談は2020年3月14日に行われたものです)。

行方尚史九段(写真左)と藤井猛九段

これからという時代だった

 小雪の舞う荻窪で、藤井猛九段と行方尚史九段が馴染みの居酒屋で語っています。話題は、藤井九段が奨励会に入ったとき、誕生日が2日しか違わない羽生善治九段がすでにプロデビューしていたこと。行方九段が「そんな現実、僕なら絶望しますけどね」と発言した。

藤井 俺からすれば、なめちゃんたちの世代の方が厳しいと感じるね。ちょっと上に“羽生世代”がいるんだから。

行方 結果的に、そうなっちゃいました。いつの間にか超えることができずに……。

藤井 屋敷さん(伸之九段)、丸山さん(忠久九段)もいて層が厚かった。

行方 羽生さんたちがいたから、将棋界は賑やかになりましたけども。

藤井 あの頃は、夢があったよね。まだ将棋界が整備されていなかった。戦術から勉強方法まで未発達な状態で、棋士という存在もこれからという時代でした。

 

行方 いろんな棋士がいましたね。裸足で対局に来る人とか(笑)。

藤井 いたね(笑)。裸足でコンビニのビニール袋下げて、前の日にどこに泊まっていたのかも怪しい人が。片や大山先生(康晴十五世名人)のような立派な方までいて、個性の差が大きかった。谷川先生(浩司九段)の存在が凄かったし、そこに羽生さんも出てきて。そういう時代を知っているから、僕は藤井聡太君(二冠)の出現にもそれほど驚きがなかった。

行方 でもあの時代を通って、ある意味将棋界が整備され過ぎてしまった気がします。

藤井 そうね、だいぶね……。当時はまだ研究会をやるのを好ましく思わない風潮もあった。島研(島朗九段が主宰した羽生世代との研究会)の人たちがあまりに強すぎたので、関係なくなってしまったけど。