藤井聡太王将に永瀬拓矢九段が挑戦する、第75期ALSOK杯王将戦七番勝負(主催:日本将棋連盟、特別協賛:ALSOK、特別協力:毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社)の第5局が、3月8・9日にかけて栃木県大田原市「ホテル花月」で行われた。ここまでの星取りは藤井の1勝3敗。藤井はあと1つ落とせばタイトル失冠という瀬戸際に立たされている。
意表の仕掛けでペースを握り、積極的な将棋を見せる永瀬。2日目の昼食休憩明け、藤井はピンチに追い込まれていた。(全2回の2回目/前編から読む)
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午後1時20分、藤井は再開10分前に対局室に戻り、盤面を見つめて読み耽っていた。飛車で香を取り、角打ちに香を打ってつなぐまでは一本道。そこから永瀬が飛車を取って敵陣に打ち、寄せにいった場合にどうなるか。
検討室の我々も先の先の変化を調べる。打った飛車で桂を取りつつ竜をつくり、玉の下から金を売って王手するのはどうか。そのとき、藤井玉が7筋に逃げると、桂を捨てる絶妙の寄せがあって負け。だが5筋に逃げるのも寄りそうだ。ならばその前に、藤井が先手陣に飛車を打って合駒を請求するのはどうなのか。将棋の面白さと難しさを凝縮したような局面に、頭が痛くなってきた。
ええっ、もう?…プロを驚愕させた“1分の着手”
すると、大盤解説から戻った近藤が意外な指摘をした。冒頭に「そこから永瀬が飛車を取って敵陣に打ち、寄せにいった場合にどうなるか」と記したが、「飛車を取る前に先手玉の右側の金を引いて逃げ道を作る手はどうか」といったのだ。なるほど、一本道の変化を決めるだけ決めてから、一転して自陣に手を入れるのは、凡人には見えにくい。しかし「対局者は読んでいると思います」と近藤。
皆が継ぎ盤を離れてモニターに注目する中、永瀬はここでも攻めを選んだ。近藤説ではなく、控室で中村と私が検討していた激しい寄せ合いである。大駒を取り合い、王手で飛車を打ち込み、桂を取りつつ飛車を成る。控室の当初の検討通り「将棋の面白さと難しさを凝縮したような局面」になった。「さあ、ここは間違いなく藤井は長考だ」と、立会人の中村修九段と継ぎ盤の前に戻った。
ところが「歩成りを指しました」と中継記者の声。ええっ、もう?
1分で指していい手ではない
再びあれこれ調べる。調べ直すと次々と新しい手が出てくる。受けきれていると思った検討手順に絶妙の攻めがあり、勝ち負けが逆になる変化が出てくる。
駒を動かしては戻し、それでも結論が出ない。私は歩成りの消費時間を中継記者に聞き、「1分です」と言われてのけぞった。双方の玉が危険な状態で、攻めも受けも読まねばならず、1分で指していい手ではない。いや、指せる手ではない。
ということは、藤井はこの局面も、その後の進行も、すでに読み切っているということになる。我々は恐ろしいものを見せられている。




