独創的な将棋で多くのファンを持つ山﨑隆之九段は、11歳で棋士の育成機関である奨励会に入会した。実家の広島から将棋会館のある大阪に母親と出てきての二拠点生活を始めたが、師匠の森信雄七段はその負担を考え、中学入学を機に自宅で預かることにする。森は多くの弟子を育ててきたが、内弟子に取ったのは村山聖九段(故人)と山崎の二人だけだった。だが、山崎は将棋が強くなりたいという一心で、周囲の人の気持ちを顧みることができない少年だった。

森信雄七段(右)と山﨑隆之九段(左)の師弟

 第31回将棋ペンクラブ大賞を受賞した野澤亘伸氏『師弟』シリーズの最新刊、『師弟 棋士の見る夢』(光文社)より一部を抜粋してお届けする。

震災

 1995年1月17日未明、6434人の犠牲者を出した兵庫県南部地震が発生する。阪神高速道路が倒壊し、潰れた家屋から広範囲で火災が発生した。森のマンションのある宝塚市も甚大な被害を受ける。森は対局のため前日から東京にいたが、恵美子と幸士、山崎の3人はマンションで被災した。森は朝方に地震のことを知り、すぐに連絡を入れたが家の電話に繋がらない。まだ携帯電話が一般には普及していなかった頃である。

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 森のマンションは倒壊を免れたが、電気、ガス、水道などのライフラインは遮断された。周辺では古い木造の建物がいくつも崩れていた。恵美子は近くに住む森の弟子の船越隆文のことが気にかかった。将棋に集中させるために、森が自宅近くのアパートに引っ越させたばかりだった。様子を見に行こうとしたが、阪急電車が線路に停車したままで踏切を塞いで渡れない。電話も繋がらず、「大丈夫だろうか?」と心配が募った。