独創的な将棋で多くのファンを持つ山﨑隆之九段は、11歳で棋士の育成機関である奨励会に入会した。実家の広島から将棋会館のある大阪に母親と出てきての二拠点生活を始めたが、師匠の森信雄七段はその負担を考え、中学入学を機に自宅で預かることにする。

 森は多くの弟子を育ててきたが、内弟子に取ったのは村山聖九段(故人)と山崎の二人だけだった。だが、山崎は将棋が強くなりたいという一心で、周囲の人の気持ちを顧みることができない少年だった。

山﨑隆之九段

 第31回将棋ペンクラブ大賞を受賞した野澤亘伸氏『師弟』シリーズの最新刊、『師弟 棋士の見る夢』(光文社)より一部を抜粋してお届けする。

ADVERTISEMENT

新しい家族

 1994年、森は1月に結婚して、4月に大阪から兵庫県宝塚市に転居した。妻・恵美子の息子で10歳になる幸士と3人での新婚生活である。大阪在住時はマンションで内弟子の山崎と二人で生活していたが、妻と子のいる新居に内弟子を置くことにはさすがに躊躇いがあった。森の母親も恵美子に気遣って強く反対したが、恵美子自身はむしろ山崎を歓迎する気持ちだった。

 森は恵美子と付き合い始めた頃、対局以外にも連盟理事の仕事で忙しく、会える日が限られていた。恵美子は毎日電話で話すことが楽しみだった。時々、通話中に「バーン」と扉の閉まるすごい音がきこえる。すると森が声を潜めて「山崎君が帰ってきた」と囁く。師匠の家でこんな扉の閉め方をするなんて、どんな子なんだろうと思っていた。

 恵美子が弟子を同居させることに前向きだったのは、山崎より3歳年下の息子・幸士が一人っ子だったことがある。お兄さんのような存在ができたら、家族として4人で楽しく暮らせるのではないだろうか。森から山崎が個性の強い子であると聞いていたが、恵美子は「きっと上手くいくから」と半ば強引に夫を説得した。

 共同生活が始まるその日――。

 玄関の呼び鈴が鳴った。山崎が着いたらしい。恵美子は新しい家族を迎える気持ちにときめきながら、「はーい」と弾んだ声で返事をした。玄関の扉を開くと、日に焼けたことがないような真っ白な少年が立っていた。眼鏡はかけておらず、それが目つきの鋭さを際立たせている。神経質そうで、人と打ち解けあう雰囲気などまるでない。恵美子は一瞬で自分の考えが甘かったことを悟った。