破門
腹が立つこともいろいろあったけど、やっぱりいまは山崎君のことがいちばん気になるなあ。(森信雄)
震災当日、森は東京で行われた順位戦を戦っていた。深夜に対局に勝利した後、連盟職員からメモが渡された。そこに記されたことを見て愕然とする。弟子の船越隆文が死去したことを伝えるものだった。
森は翌朝早くに東京を立つ。新幹線はまだ名古屋までしか運行していなかったが、途中で京都まで復旧した。だが京都から先は在来線も動いてなく足止めされる。午後になり大阪まで動くようになり、夕方前に関西将棋連盟に着いた。恵美子にみんなで将棋連盟に避難してくるように伝えていた。
家族と無事に再会できたものの、森は船越のことが悔みきれなかった。そんな中、連盟で山崎が普段よりも笑顔を見せていることが気になった。
(ニコニコしていているなんて、まずいやろ)
兄弟子が亡くなり、多くの人が被害を被っている。周りの人たちの気持ちがわからないのか――。
恵美子は自分が震災当日の山崎の様子を夫に伝えたことを後悔した。
「私が告げ口したんです。山崎君が連盟に電話して奨励会のことを確認していたこと」
森は「もうダメだ」と思った。人の死に際してまで自分のことしか考えられない人間を、弟子として置いておくことはできない。
「将棋をやめさせるつもりはないが、もう師匠として面倒は見られない。広島へ帰れ」
山崎にそう告げた。
師の言葉を「破門」と受け取った山崎は、茫然として、返す言葉もないまま実家に戻った。森は船越の通夜・告別式に出るため、船越の郷里・九州へと向かう。あとから、森は山崎が兄弟子の死を精神的に受け入れられず、自己防衛の反動として過剰に明るく振る舞っていたのではないかと思った。



