宮田利男八段が東京・世田谷区三軒茶屋に将棋教室を開いて30年になる。この教室から伊藤匠二冠、本田奎六段、斎藤明日斗六段の3人の棋士が育った。互いに小学生の頃から技術を磨き合い、兄弟のような絆を持ちながらも、プロ入り後はライバルとして激しく火花を散らす。
将棋棋士の師弟を描くシリーズ最新刊『師弟 棋士の見る夢』(光文社)から「三軒茶屋の三兄弟」を抜粋してお届けする。
一門3人目の棋士
「おい、伊藤。中学生のうちに三段にならなかったら、学校の校門の前で一升瓶抱えて『バカヤロー』って叫んでやるからな」
師匠の宮田にそう言われて、伊藤匠は小さな声で答えた。
「それは困ります……」
この頃、宮田は周囲から伊藤について聞かれることが増えていた。ハッパをかけたのは、彼が期待されているのを感じたからだ。
「本当に頭のいい子でね。将来は東大に行くんじゃないかと思っていた」
伊藤がメディアから注目されるようになったのは、過去の将棋大会の映像がニュースに取り上げられたからだ。小学3年のときに全国大会で伊藤が藤井聡太に勝ち、藤井は悔しさのあまり号泣した。その後、藤井は4年生で、伊藤は5年生で奨励会に入った。
奨励会では常に藤井が先を行っていた。伊藤は1級に9ヵ月、初段に1年5ヵ月留まり、上がり目を何度も逃して同世代に置いていかれる焦りがあった。迎えた中学2年の秋、藤井は三段リーグ最終日に史上最年少のプロ入りが懸かる。同日に2局が行われ、連勝ならば自力での昇段、1敗しても競争相手の結果次第では可能性があった。藤井の1局目の相手は伊藤の兄弟子・坂井信哉だった。伊藤は初段であったが、二人と同じ対局室にいた。
自分の先を行く“同い年のライバル”
「勝たないでくれ……」
同い年のライバルに、これ以上先に行かれたくなかった。坂井が勝ったことを知ると、伊藤は内心ホッとする。だが藤井は2局目に勝利し、14歳2ヵ月での四段昇段を決めた。
この日から約1年3ヵ月後、伊藤は中学3年の12月に三段リーグ入りすると、自ら進んで藤井の対局の記録係を申し出た。2018年2月17日、第11回朝日杯将棋オープン戦決勝でも記録席にいた。「これ以上活躍する姿を見たくない」と思う伊藤の前で、藤井は史上最年少での棋戦優勝を果たした。




