1分、わずか1分だった。

 絶対に1分で指せない局面、いや、指してはいけない局面のはずだった。それを1分で指したということは……。私の顔を見た中継記者が「勝又七段は、怖いものを見た、といった表情」とコメントした。立会人の中村修九段も、私と同じ表情だった。(全2回の1回目/後編を読む

藤井聡太王将(右)に永瀬拓矢九段が挑んでいる ©︎勝又清和

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大盤解説会では相変わらず「口からAI」状態だったが…

 藤井聡太王将に永瀬拓矢九段が挑戦する、第75期ALSOK杯王将戦七番勝負(主催:日本将棋連盟、特別協賛:ALSOK、特別協力:毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社)の第5局が、3月8・9日にかけて栃木県大田原市「ホテル花月」で行われた。

 2月17・18日に行われた第4局は、後手番の永瀬が完勝した。藤井は先手番ながら何もできなかった。

 2月26日、静岡市で行われたA級順位戦最終局の大盤解説会で、私はパソコン操作の担当として藤井と一緒に仕事をした。藤井は「解説は初心者なので」と謙虚かつユーモアあふれる口調だったが、その解説は正確無比。ほとんど「口からAI」状態で符号が流れ出るうえに読みが速く、私のパソコン操作が追いつかないほど。控室では終始笑顔で、駒をクルクル回しながら楽しそうに検討していたのが印象的だった。

「精神的に良好と言えない」不調を自ら認めた藤井

 最近、藤井は珍しく負けが込んでいる。3月1日に行われた第51期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第3局では、挑戦者の増田康宏八段に対し、藤井は「終盤のいちばん大事なところでやってはいけないミスが出てしまった」という見落としで逆転負け。王将戦七番勝負は1勝3敗、棋王戦五番勝負は1勝2敗と、どちらのタイトル戦もカド番に追い込まれた。さらに3月5日、第11期叡王戦本戦準決勝でも永瀬に負け、2年ぶりの叡王戦の番勝負登場を逃した。

 ここ10局で5勝5敗という、藤井らしからぬ星勘定。本局前日のインタビューでは「内容が良くないことが結果に出ている。精神的に良好と言えないところが正直ある」と答えていた。藤井がこれほどネガティブなことを言うのは記憶にない。

 逆に永瀬は、3月2日の順位戦A級プレーオフに敗れて名人挑戦権を逃したものの、先述したように叡王戦準決勝では完璧な将棋を指して藤井に勝利。「不倒」の異名そのままの男だ。