永瀬がくり出した「前代未聞の仕掛け」
さて本局。先手の永瀬は角換わりに誘導したが、藤井は角道を開けずに拒否し、力戦に持ち込んだ。藤井がこの作戦を採用したのは、2024年の伊藤匠との第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第4局以来。その将棋では伊藤が棒銀の急戦策を採り、藤井が勝利している。
永瀬は持久戦を選択。両者とも雁木に組む形となった。
序盤早々、9筋の端歩を突き越したのが藤井の工夫。だが、なぜ永瀬は突き越しを許したのだろうか。棋士は皆そう思っていたのではないか。持久戦なら端の位が大きな意味を持つからだ。
その答えが出たのは午後3時。永瀬が59分もの考慮で、その9筋から逆に仕掛けたのだ。玉側の香を先に捨て、桂で取り返しにいく。1歩損なうえに桂が端に跳ねる悪形。前代未聞の仕掛けであり、調べるまでもなく新手だ。
将棋界では「平成の非常識は令和の常識」と言われるものの、こんな仕掛けが成立するのか。狙いは2つ。盤面の左側では香を捨てて角を端に出る間接的な王手飛車の筋、右側では2筋に香を打っての「飛車・香」二段ロケット。両方を受けるのは至難の業だ。
藤井は香を取る手に53分を使い、その後も20分前後の考慮を重ね、44手目に5三の銀を前に出た。これは後手からみて右側を捨て、左側をケアした意味。永瀬は飛車の上に香を設置し、藤井がそのロケットの直撃を避け、角を引いたところで1日目を終えた。
控室の棋士たちも驚くばかりだった
2日目。私は朝早い新幹線に乗り、午前9時に那須塩原駅に到着した。大田原市が用意してくれた対局会場行きシャトルバスの中で中継を見る。永瀬が竜を作ると、藤井はその竜を捕獲しにいく。いやはや朝からもう大決戦だ。
会場の「ホテル花月」はタイトル戦の常連で、藤井にとっても3回目となる。控室に入り、立会人の中村修九段に挨拶。
「ここでは何回も立会いを務めたけど、今回は特別でね」
と中村。記録係を務める水谷隼也初段は、中村の弟子なのだ。
「水谷くんは記録係の経験は豊富だけど、二日制のタイトル戦は初めてなのでヒヤヒヤして。封じ手のときも図面を対局者に渡し忘れそうになっていたよ(笑)」
と苦笑い。
ホテル内で大盤解説を務める近藤誠也八段と、聞き手の和田あき女流二段にも挨拶。午前から開始された解説会には、月曜日だというのにファンが大勢詰めかけていた。
中村と近藤と和田に、永瀬の仕掛けについて聞いてみると、3人とも「見たことない仕掛けでびっくりしました」と口を揃える。
「藤井さんも端を突かれて、事の重大さに気がついたと思います。後手玉の位置など、すべての条件が揃っていないとできない仕掛けですよね」
と、中村は分析していた。




