藤井玉が助かる唯一の道だった
永瀬は45分の考慮で金を打って王手。このとき、当初は玉が7筋に逃げれば後手勝ちと見ていたのだが、実はそこで先手が桂を捨て、9筋に角が飛び出る妙手順があることがわかった。だが5筋に逃げると、今度は2二の銀が寄せに役立ってくる。角が2筋に出る手もある。
藤井は5筋に玉を逃げた。永瀬は竜で桂を取って、詰めろをかける。先手玉に王手を一発かけて取らせ、さあ次の一手は……。皆が注目する中、藤井は1分も使わずに自陣に飛車を放った。
思わず「さすがです」と声が出た。飛車と交換させて竜を盤上から消せば、後手玉に寄りはない。かといって先手が竜を逃げると、この飛車で2筋の銀を取られてしまう。受けながら攻めにも役立つ自陣飛車。大胆なようで自然な一手、惚れ惚れするほど素晴らしい。
この手は、すべての変化を調べ尽くした後にようやく中村が発見したものだ。それもAIの評価値が後手に傾いているとわかったうえで。恐ろしいことに、局後のインタビューで、藤井は16手近く前から読んでいたことを明かした。
なんという読みの深さと正確さだろうか。玉を5筋に逃げてからの自陣飛車というのは、藤井玉が助かる唯一の道だった。
近藤も「見えなかった」と吐露
解説会場から戻った近藤も、「飛車打ちは素晴らしい手でしたね。私は見えませんでした」と興奮した口調で語った。そして、苦笑する。
「棋王戦第3局で解説をしたんですが、最後の増田さんの絶妙の銀打ちが見えなくて『素晴らしい手ですね』と感嘆したんです。2週続けて解説会で同じことを言うとは……」
近藤は実に誠実な人柄で、「見えなかった」ということを率直に打ち明けてくれる。2024年度の朝日杯将棋オープン戦で優勝し、2025年度からは順位戦でA級に参戦。先日のA級最終局では名人挑戦者となった糸谷哲郎八段に勝っている。A級初参戦で6勝3敗という見事な成績を収め、来期の挑戦争いも期待できそうだ。
本局でも随所で鋭い指摘をしていたが、その近藤をも感心させる手順だ。藤井と永瀬がいかに高度な将棋を戦っているか、改めて感嘆する。




