昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

――映画は、緊迫感に満ちてリアルな救急医たちの治療シーンから始まる。

吉永 先生方の指導を受けてから、撮影所で2、3回リハーサルをして、実際の現場で本当に事故が起きたときと同じようなシチュエーションをつくり、撮影しました。スポーツの試合のよう、と言ったら語弊がありますが、それくらい動きが早く、臨場感のある現場でしたね。

広瀬 ほんとうに学びの多い撮影でした。

©2021「いのちの停車場」製作委員会

吉永 私たちはもちろん心の部分は俳優ですから、自分でつくっていかなきゃならないわけだけど、細かな所作に関することなどは先生の指導がとても参考になりましたね。たとえば、聴診器を当てたり血圧を測ったりする際に、必ず「ちょっと失礼します」と優しく声をかけてあげるのが大事なんです、とか、患者さんが亡くなられたときにドクターはどういう所作をするのか、とか。

広瀬 私がとくに印象的だったのは萌ちゃん(佐々木みゆ)との一連のシーンです。子どもの場合、大人とはまた違って、怖いこと、残酷なことをすごく純粋に問いかけてくることがあり、そのときどう対応すれば、安心させてあげられるのか……私が焦ってセリフを言うと、監修の先生から「全然焦る必要はありません。在宅医療はこういうやり方なので」と教えてくださり、とても勉強になりました。

――在宅医療をとおして「家族」を描いているのも、この映画の特徴だ。死にゆく患者たちとその家族はもちろん、吉永演じる咲和子には老いた父親(田中泯)がおり、広瀬演じる麻世は亡くなった姉の子を母親代わりとなって育てている。そんな「まほろば診療所」の面々も、日々の営みを通じて一種の疑似家族を形成していく。

吉永 松坂桃李さん演じる野呂が「まほろば」を離れるシーンで、咲和子が「あなたもここの家族なんだから」と声をかけるんですが、あのセリフ、実は私が間違えたんですよ(笑)。シナリオでは「あなたもここのスタッフなんだから」となっていたのに、テストで思わず「家族」という言葉が出てしまって……。

広瀬 そうだったんですか。

吉永 そうしたら監督が「それ、いただきます」とおっしゃって、そのまま採用されたの。つまり、「まほろば」の私たちも「家族」であり、病気で亡くなっていく人たちも私たちにとっては「家族」でしょう、と。

©2021「いのちの停車場」製作委員会

広瀬 私にはシナリオの終盤に「また家族を失ってしまうんですね」というセリフがあったので、「まほろばは家族なのかな」と感じていました。疑似家族――以前、坂元裕二さん脚本の「anone」というドラマに出演したのですが、それも疑似家族の物語だったんです。家族って、普通は家族だからこそ煩わしいことがたくさんあると思いますけど、「anone」のとき、そういう家族とはまた違う、ただただ自分の心の支えになっていく存在ができることを実感すると同時に、演じる私自身がその居心地のよさに依存してしまっていることに気づいたんですね。今回の映画でもそれに似た感情を抱いて、心安らぐ場所が崩れてしまう寂しさを役の上でも私自身としてもすごく感じました。