文春オンライン

心も体もボロボロだった照ノ富士が…“元安美錦”安治川親方の5月場所総評

けっぱれ! 大相撲――2021年5月場所

source : 文藝春秋 digital

genre : エンタメ, スポーツ

「けっぱれ」とは私の故郷青森県の言葉、津軽弁で「頑張れ、踏ん張れ」という意味です。

 まだ断髪式もできない、髷も切っていない新米親方に、場所の総括などできるのか、していいのかと……3分程悩みましたが断る理由もない。何事も経験だと思い、やらせていただきます。

 緊急事態宣言が発令された中、無観客で迎えた初日。開催できるだけでもありがたいことです。

ADVERTISEMENT

 やはり注目は、大関に返り咲いた照ノ富士。今回は、同じ伊勢ヶ濱部屋の弟弟子にあたる照ノ富士を中心に話を進めてみようと思います。

膝の痛みに悩まされた照ノ富士

 先場所の3月にも優勝しましたが、この時、後半戦は膝の状態が厳しかった。部屋まで朝稽古に来ても、痛みで歩くのもやっとでした。

 私も現役時代に膝のケガで苦労しましたが、傍らで見ていた私の膝も疼くぐらいに痛そう。膝の痛みは気まぐれで、まるでやんちゃな子猫です。おとなしくしていると思った瞬間、急に暴れ出す。疲れが溜まると痛みが出て、歩いているだけで膝がガクッとなる。なかなか難しいものなのです。

 1度目の大関時代も稽古はよくしていましたが、ここ最近の照ノ富士は、稽古に対しての真剣さが格段に違う。大関から序二段まで落ち、復帰してきたことは各方面で記事になっていますが、近くで見ていて、この頃はかける言葉もなかったほどです。心も体もボロボロ……。

元安美錦(安治川親方) ©文藝春秋

 正直、私も「もう照ノ富士はダメかもしれない」と思っていました。しかし稽古は裏切らなかった。毎日毎日積み上げてきたことが、今、力になっていることを照ノ富士も実感していると思います。

 本当によく稽古をしているんです。キツいぶつかり稽古も嫌がらない。砂にまみれることを厭わない。私がまわしを締めて照ノ富士に胸を出すと、1週間は胸が痛い。胸を出す身にもなってほしい。少しは遠慮してくれ! と思っていました。このままだと「親方の私が初日を迎えられない。5月の夏場所にたどり着けない……」と。

 話を戻しますが、照ノ富士のことを話すと止まらなくて。

 彼は大好きなお酒も断ち、時間があればトレーニング。ストイックによく頑張っていました。一緒にお酒を飲んでいた頃が懐かしいです。昔は「やんちゃな大関」と言われていましたが、私にとっては、ずっと変わらずに「素直で繊細な弟」でしかないのです。