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2021/06/14

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, 社会, 歴史, 教育, 国際, 読書

 でも、奥さんにも能力の差があるので、あの奥さんのときはご飯がおいしいとか、あの奥さんのときはご飯がいまいちなので外食するとか、そんなことを言いながら、わいわいと生活しています。

 50人分の食事なんて大変だと思うかもしれませんが、4人の奥さんがいる場合、2日間、家事をすれば、6日間はお休みできるわけです。そう考えると楽だと思いませんか。

私が生まれ育ったマリ共和国、京都と似てる? 似てない?

 家族や子どもが多いので、マリではお父さんは遠い存在です。日本のように子どもとべったりつきあうことはしません。ここぞというときに出てきて物を言う厳格なリーダー、それがお父さんです。だから、マリでは「お父さんに言うぞ」が、子どもをしつけるときに一番効く言葉です。

 うちの大学の学生なんかは、「お父さんなんて、風呂上りにパンツ一丁でウロウロしているよ」といいますが、マリではお父さんが子どもにそういう姿を見せることはありません。食事も別格で、お父さんはひとりで食べるか、長男や次男などセレクトされた人たちといっしょのテーブルで取ります。まず、お父さんが食べ始めて、それを待って家族が食べ出します。

 だから、気楽に話すことはできません。私が父親と普通に話すことができたのも、大学生になってからで、それまでは怒られた記憶しかありません。まあ、私も怒られるようなことばかりする子どもだったのですが。

 私がやんちゃばかりするので心配だったのでしょう、小4から中3までセグーという町にある母方の親戚の家に預けられることになりました。「田舎で勉強に専念しろ」ということです。「長男としての自覚を持て」という意味もあったかもしれません。じつは父も若いころ、親戚の家で厳しく育てられた経験があるのです。それで私にも、お坊ちゃんばかりの私立学校で過ごすより、親戚の家で厳しい経験をさせるほうがいいと考えたようです。

 その親戚は学校の先生をしていて、勉強をサボるとひどく叱られました。それに田舎の家ですから、実家の恵まれた環境とは違い、水道も電気もありません。1日に何度も 井戸の水を汲まなければならず、勉強もオイルランプの灯りでしていました。

 夏休みには家に帰れるのですが、私は過酷な田舎暮らしが嫌で一度、脱走して実家に帰ったこともありました。しかし、その日のうちに連れ戻されてしまいました。

 大変でしたが、その過酷な生活のおかげで成績はよく、全国の成績上位者だけが入学できる技術系の特別高校に進学が決まり、6年後、ようやく実家に戻れました。

 家族のあり方はまったく違いますが、日本でも以前はおじいちゃん、おばあちゃん、その子どもや孫がいっしょに暮らし、お父さんは一家の大黒柱として怖がられていました。いまでも京都の老舗などでは、大家族がいっしょに暮らしているところもあります。

 京都のご近所づきあいなども、家族ではありませんが、コミュニティという意味では通じるところがあるように思います。

写真はイメージ ©️iStock.com

 排他的で独特の習慣のある京都で、長年暮らして来られたのは、マリ的な大家族のコミュニケーションが身についていたからかもしれません。

 家族も親戚も近所の人もウェルカムなマリ的大家族の暮らし方と、京都の人と人のつながりには似ているところもあるような気がするのです。

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