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2021/06/14

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, 社会, 歴史, 教育, 国際, 読書

50人で囲む食卓

 私が日本にはじめて来たのは友人の家に来た年ですから、それからちょうど30年になります。故郷で過ごした時間より日本で暮らした時間のほうが長くなりました。とはいえ私のバックグラウンドは、生まれ育ったアフリカのマリ共和国です。

 マリ共和国はアフリカ大陸の西側に位置する国で、広さは日本の約3倍、国土の3分の2はサハラ砂漠です。国の中心を流れるニジェール川や西部を流れるセネガル川の沿岸には農耕地が広がり、最大の産業は金の採掘で、綿花栽培を中心とした農業と牧畜も大きな産業となっています。

 私はその首都バマコで生まれました。マリというのは動物の「カバ」で、バマコは「ワニの川」という意味です。

 マリの家はたいてい大家族です。多くは一夫多妻で、4人まで奥さんをもらうことができます。私の親しい友人は28人兄弟でした。私の家族は父、母、妹と弟と私の5人。それだけで友だちに負けているというくやしさがありましたね。

 それでも家にはおじいちゃんやおばあちゃん、おじさん、おばさん、その子どもなど、だいたい20人くらいがいっしょに暮らしていました。マリでは少ないほうです。28人兄弟の友だちの家なんて50人以上がいっしょに暮らしているのですから。

 友だちの家に遊びに行くこともありましたが、食事のときも大変です。洗面器のような大きな器に盛られた料理をとり囲み、一斉に手で食べるのですが、食事開始! となったら、熱いとかなんとか言っていられない。早く食べないとなくなってしまうから、すごいスピードで食べていました。

 私の家はその家に比べれば、人が少ないので、ひとりひとり自分の皿とスプーンで食べていましたけれど、それでも大勢で食事をすることには変わりありませんでした。

 マリでは一番目の奥さんが結婚の届出をするときに、一夫一妻か一夫多妻かを選ぶことができます。婚姻届にサインをするのは、一種の契約なのです。一夫多妻というと日本では抵抗があるかもしれませんが、マリではシングルマザーが生活するのは大変なので、たとえば、夫が亡くなったら、子どもを夫の家に残し、別の人と再婚して第二夫人になるというように、再婚しやすい制度にもなっていて、それが女性を守る福祉的な意味合いも含んでいるのです。

写真はイメージ ©️iStock.com

 奥さんには本妻も側妻(そばめ)もありません。立場は平等で、一般には同じ敷地で暮らします。そして、2日ずつ順番で奥さんをします。2日ごとにだんなさんが寝泊まりする部屋を変えるわけです。しかも、その2日間、担当の奥さんは、家族全員の食事と子どもの面倒をみます。自分の子どもだけではありません。たとえば28人きょうだいの友だちの家であれば、その日の担当の奧さんが、28人全員の面倒をみなければなりません。

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