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「俺が田代まさしに薬物を売り捌いた」元売人が赤裸々に明かす“逮捕の瞬間”の心境

『薬物売人』より #1

2021/06/12
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 新大阪駅に着くと車から降り、腰縄・手錠でフル装備の俺は、四方からガッチリと刑事たちに固められ、そのまま駅の裏口にある職員専用通路へと入って行った。しばらく通路を歩いてから階段を上っていくと鉄扉があり、そこを開けると直接駅のホームへと出た。刑事たちは、できるだけ人目に付かないように、俺をエスコートしてくれている。それは、おそらく混雑を避けてスムーズに連行するためで、前もってルートを確保し、必要なところにはすべて先に連絡を入れているからだろう。ホームに出ると、俺を待っていたかのように停車している目の前の新幹線に乗り込み、刑事たちは車両の一番前の窓側の席に俺を座らせた。逮捕されてからここまでの間に、誰とも目を合わすことがなかった。俺のすぐ横の座席に刑事が1人座り、後ろの座席に刑事が2人、通路を挟んだ反対側の座席にも刑事が2人座っている。俺は5人の刑事と楽しくもない旅へと出た。

 新幹線が静かに牢獄に向けて走りだすと、手首に嵌め込まれている黒い手錠にぼんやりと目を落とした。黒くくすんだその手錠には小さい傷があり、ところどころ色が剝げ落ちている。いったいこの手錠は、今までに何人の犯罪者や被疑者の自由を奪って手首を締めつけてきたのだろうか。この手錠には観念や無念、そして絶望や諦めが染み込み、今にも悲痛な叫びが手錠から手首へと伝わってくるような感じがしてきた。俺は、それを払い除けるように手錠をカチャカチャと鳴らし、隣の刑事に少し緩めてほしいとお願いした。

「俺が田代まさしに薬物を売り捌いた売人や!」

 新幹線は新横浜駅に到着しようとしている。後ろの席に座る刑事が、携帯電話で間もなく到着すると誰かに伝え、ガサガサと慌ただしくなってきた。俺は、確実に牢獄へと向かっている。今更どうにもならない。警察当局に捕らわれて、牢屋にぶち込まれる。そこからは厳しい取り調べが始まるだろう。

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「ふんっ、それがどないした、好きにせえや」

 思わず声に出していた。

「おい、到着だ。おとなしくしとけよ」

 隣の刑事が、腰縄をしっかりと握り直しながら言った。

 新幹線が新横浜駅のホームに入ると、俺は立たされ、車両と車両の間の乗降口へと引っ張り出された。停車すると、ドアの前に5、6人のスーツ姿の男たちが俺を待ち受けている。不思議なことに、全員が顔半分ぐらい隠れるマスクをして不気味に立っている。そしてドアがゆっくりと開いた。

「神奈川県警本部薬物銃器対策課のヤマダだ。クラだな。連行する」

 頼んでもいないのにいきなり自己紹介され、俺のことをあだ名で呼んできた。

 ヤマダは繫がれている腰縄をぐっと握り、俺を片手で持ち上げるような勢いで引き摺り、歩かせた。体格が良くて、俺より二回りぐらい体がでかい。暴れるものならすぐに押さえ込まれ、ねじ伏せられるだろう。

「ちょ、ちょっと刑事さん、別に暴れへんから普通に歩かせてくれます?」

 俺は背後左右の2人から腰縄を持たれ、横にピッタリと左右に2人の刑事が付き、ホームから改札口に向かう階段を下りた。さっきまで連行してきた刑事たちと代わり、こいつらに警察署まで連れていかれるのだろう。