田代まさし氏への覚醒剤譲渡で2010年に逮捕され、懲役3年の実刑判決を受けた倉垣弘志氏。彼はどのように当人へ接触し、どのように逮捕され、そしてどのように更生を果たしたのか……。

 ここでは同氏が自身のこれまでを振り返った著書『薬物売人』(幻冬舎新書)の一部を抜粋。同氏が拘置所で出会った人物の衝撃的な告白を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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求刑15年でうれしそうな人

 耳と足先が、しもやけでジンジンと痒い。1月末の横浜拘置所は極寒だ。午後に射し込んでくる日差しは、今は目の前の茶色く擦り切れた畳をジワジワと占領し、間もなく俺のいるところまで辿り着きそうだ。緩やかで暖かなこの時間に読書をするのは、すごく贅沢なことだと思う。世の中の労働者たちは、朝から晩まで働き、ひたすらストレスを抱えている。そんな時間に俺は、1人静かに小説の中にトリップして楽しんでいる。今の俺にとって文庫本は最高のドラッグだ。本を開いて活字を追いかけていると、無心になっていく。そして徐々に、その小説の世界にハマり込み、没頭していく。活字の集合体は風景を描き、頭の中で1枚の絵となって浮かび上がる。頭の中に写し出される1枚の絵は、少しずつ動きを見せて映像となる。

 ページをめくるたびに、物語は映像と共に進行していく。そうなってくるとやめられない。この先にある見ず知らずのシーンを見たくて、知りたくて、ページをめくり続ける。時間は、あっという間に過ぎ去っていく。いつしか俺は、独居房での寂しくて辛い生活を、楽しくて心地良い生活へと変化させることに成功していた。

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「しゅしつっ」

 各居室の鍵が開けられていく。いきなりドアがガチャンと開いた。

「さんぜんろっぴゃくさんじゅうろくばんっ、出まぁす」

 運動の時間だ。廊下にみなが揃うと、整列して屋上へと向かって歩いていく。雨の日は居室での運動となるが、天気の良い日は外に出る。外と言っても屋上だが、広い空が見えて、とても心地良い。屋上には、鉄柵と金網で囲われた4メートル四方ぐらいの大きな鳥カゴのようなスペースがいくつかあり、そこに2、3名ずつ放り込まれていく。鳥カゴには、しっかりと鍵がかけられ、20分から30分ぐらい自由に運動することができる。本気で筋トレをする者、ひたすら歩き回る者、他の者と話をする者、ここでは講談が許されている。オヤジから爪切りを借りて、爪を切ることもできた。そんな鳥カゴの中で、会話をするのは楽しみの一つだ。普段誰とも話すこともなく、独居房で1人静かに過ごす者たちにとって、会話はストレス発散となり、お互いを励ましあったり不安を取り除いたりすることができる唯一の時間となる。