「よし、おとなしくしてろよ」
ヤマダは、腰縄を持つ手を少し緩めてくれた。
改札口が見えてくると、何やら外が騒がしい。新大阪駅では職員専用の裏口を通ったが、新横浜駅では一般の改札口から出ていくようだ。切符など持っていない刑事たちと俺は、直前に開きっぱなしになった改札口を通り抜けた。駅構内を歩く。
「おいおい、うそやろ!?」
驚いて一瞬足が止まった。
そこには、俺が来るのを待ち続けていたテレビ局の報道陣や記者たちがずらっと並び、俺の登場に合わせて一斉に騒ぎだした。
「おい、うつむけ」
横にいる刑事が小声で言ってきた。
こいつらのマスクの理由が分かった。報道陣が来ているので、顔を晒さないためにマスクを着けているのだ。俺は刑事の「うつむけ」という言葉に何故か腹が立ってきた。どうしてうつむかないといけないのだ。俺は逃げも隠れもせずに、堂々と胸を張って逮捕されると決めたのに、どうして今ここでうつむかなくてはならないのだ。俺は、その言葉を完全に無視して、報道陣や記者が群がり集まっている辺りを見回し、やや上を向いて堂々と進んで行った。テレビカメラの前にはリポーターらしき女性が立ち、しきりにカメラに向かって何かを話している。記者たちのカメラのフラッシュが眩しくて、目がチカチカしてくる。
俺は、そんな中を仕込んでいたTシャツを着て、悠然と歩いて行った。このTシャツには、ニューヨークのパブリック・エネミーというラップグループの名がでかでかと入っていて、マシンガンで標的を狙うスナイパーの絵が前面に大きく描かれている。パブリック・エネミーとは、日本語に直訳すると“公共の敵”または“社会の敵”という意味で、まさに今の俺にピッタリだ。そう思うと、笑えてきた。公共の場に晒されて社会の敵となった俺は、報道陣や記者からの銃撃を受けながらも倒れずに、対抗するように一人一人を目で狙い撃ちにしていった。その数は30人ぐらいだろうか。俺のすぐ後ろを追いかけるようにやってくる記者もいた。
「俺が田代まさしに薬物を売り捌いた売人や! 見たい奴は見ろ!」
心の中で叫んでいた。
「お前もこれでまともな仕事には就けないな」
停車しているワゴン車に乗せられ、左右を刑事に挟まれて、後ろの座席の真ん中に座らされた。すると、フロントガラスの向こう側20メートル程先に三脚を立て、カメラを構えている者がいた。俺は迷わず、にっこりと笑ってやった。これは、よく週刊誌などに載っているカメラショットだと気が付いた。フロントガラス越しに運転席と助手席の間を狙い、後部座席の真ん中に座る犯人を捉えたものだ。俺は、手錠を掛けられた両手を少し持ち上げて、親指を立ててやった。俺を乗せたワゴン車が走り出すと、助手席に座っているヤマダがマスクを取り、後部座席を振り返って話しかけてきた。
「クラ、お前もこれでまともな仕事には就けないな」
「はぁ」
「俺の顔覚えてるか? 何度か会ってるぞ」
その顔は、豊中駅と駅前ビルを結ぶ連絡橋にいた、いかついスーツ姿の男の顔だった。
「そうですか?」俺はとぼけてみた。
「お前、急にいなくなるから困ったんだぞ」
「はぁ」
「まぁいい、今から水上警察署まで行くぞ」
車内は静まり返った。
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