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――経緯を知って驚いたファンも多かったと思います。

DJ社長 正直、これは僕のミスでもあるんです。会社の将来を左右する大事なことを口約束で決めてしまった。被害者だとか言う以前に、社長としての責任を果たせていなかったことは後悔しています。でも、これまで血を吐く思いで頑張ってきたのにH氏の言い分があまりにも理不尽だったので、もうことの顛末を洗いざらいファンにも知ってもらおうと動画を公開しました。

DJ社長とH氏の本当の関係「何かあったら協力するよ」

――そもそも、H氏とはどういう関係だったのですか?

DJ社長 2014年の夏ごろ、知人の紹介でH氏と出会いました。当時僕は音楽イベントを主催する会社を経営していたのですが、すでに多額の借金を背負っていたので自分の名義では会場の予約とかアーティストを呼ぶことができなかったんです。そんなときに「何かあったら協力するよ」と言ってくれていたのがH氏でした。

6月1日に公開したYouTube動画は6月3日時点で680万回再生されている

――最初はいろいろと助けてくれる存在だった、と。

DJ社長 H氏は芸能関係の知り合いも多かったので、その人脈を使って有名アーティストを呼んだりしてもらっていました。2014年10月、僕が6000万円の借金を背負うきっかけになった音楽イベントを福岡国際センターで開催したのですが、その時も会場をおさえてもらったり、手伝ってもらうことは多かったです。

――そんな経緯もあって、H氏が100万円を出資して会社設立に至ったんですね。

DJ社長 はい。2014年末から2015年始めにかけてH氏に相談して、2015年1月に会社を設立しました。実は、動画では話がややこしくなるので省いたのですが、実際のH氏の出資額は51万円です。49万は、H氏の友人のB氏が出資してくれました。

取材時、「(記事には)なんでも出してもらっていいです」と語るDJ社長 ©文藝春秋

――H氏が100%株主ではないということですか。

DJ社長 H氏とB氏は経営者友達で、B氏は経営に口を出すタイプの人ではないので、実質H氏が100%株主みたいな状態ではあったんですけど。

H氏に不信感を抱き始めたきっかけ

――その頃、H氏とはどういう関係だったのですか?

DJ社長 H氏は関西に住んでいるので、1、2カ月に1回「飯でも行くか」って福岡に来て、吉野家に連れて行ったりしてくれていました。

――それだけ聞くと、H氏はグループのお父さん的存在だったように思えますが、いつ頃からH氏に不信感を抱くようになったのでしょうか。

DJ社長 動画で話しているとおり、H氏がお金まわりの仕事をするようになってからですね。2015年8月に「レペゼン地球」を結成してから、2年くらいは人気も出ずに極貧生活でした。でも2017年には、8月から9月にかけて沖縄、福岡、名古屋、大阪、東京で300人くらいの規模でツアーを開催できるくらいにはファンができたんです。その頃から、H氏が経理や契約書関係を担当するようになりました。

――「木元くん(編集部注:DJ社長)1人で仕事してるの大変だろうから」ってDJ社長も動画で説明していた部分ですね。具体的にはどんな仕事を任せていたのですか?

DJ社長 ひとつは、物販の売上管理です。当時からチケットはネットで販売していましたが、物販って完全に現金でやりとりするものじゃないですか。その管理を任せていました。もう一つは給料関係の契約です。結果として、この2つを任せていたことが後に大失敗だったとわかるのですが……。