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生まれたときから息子の𠮟り役は私
それにしても、昔から常に一歩引いて、冷静で落ち着いていた加奈子が、なぜここまで耕太君を追い詰めてしまうのだろう。
「夫は毎晩帰りが遅く、育児には無関心。生まれたときから息子の𠮟り役は私で、まだ耕太が小さいときは叩くことも日常だった。小学生になって塾が始まるとますます私への負担がかかってきて、一生懸命勉強のフォローはするんだけど、耕太の成績はなかなか上がらない。年齢的な疲れとイライラもあって、どうしようもなかった」
こう語る加奈子は、一枚の写真を送ってくれた。それは、側面がベッコリ凹んだ黒いサーモスの水筒。耕太君のものだ。塾の宿題になかなか取り掛からないのにキレた加奈子が耕太君に当たらないように投げたら、机に命中し凹んでしまったのだという。
成績は思うように上がらないけど「今は一切ノータッチ」
これらのエピソードは、いずれも耕太君が入塾して1年の間に起きたこと。加奈子にとって、子どもの塾通いという初めての経験のなかで、子どもへの期待と現実、そして「塾の宿題は絶対」という思い込みに翻弄された1年間だったという。
でも今は違うようだ。
「さすがに親子関係が崩壊すると思って、塾に相談したら、宿題には手を出さなくていいと言われて。今は一切ノータッチ。とりあえず宿題は自分でするようになったから、私は何も言わないし、何も見ない。成績は思うように上がらないけど、あえて言うなら“無”の境地」。
来春、耕太君は受験を迎える。
子どもの伸びしろを信じ負荷をかけるのと、教育虐待の違いってどこにあるんだろう。その差が紙一重だからこそ、気づいたらそっち側にいっていた、ということは容易に起こりうるのかもしれない。