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「辛くなったら人間に成り下がればいい」芸能活動休業の深田恭子 三池崇史監督が贈っていた言葉の意味とは?

2021/06/09

 先月26日、女優の深田恭子が適応障害のため、芸能活動を当面のあいだ休業すると発表された。1996年にホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞し、芸能界入りしてからというもの、ずっと第一線で活躍を続けてきただけに、今回の発表は世間を驚かせた。

深田恭子 ©️時事通信社

デビューから約25年、「奇跡の3X歳」とも称される存在に

 深田といえば、1998年にドラマ『神様、もう少しだけ』でHIVウイルスに感染した高校生を演じ、俳優として脚光を浴びるのと前後して、歌手としてもあいついでCDをリリースしていたことも思い出される。たとえば、いまからちょうど20年前、2001年6月にリリースされた5thシングル「スイミング」は、デビュー前まで水泳に打ち込んでいた彼女をイメージして書かれた名曲だ。

 水泳は2歳から始め、小学4年のときには選手コースに進んだ。ちょうどそのころ、バルセロナ五輪の女子平泳ぎ200メートルで優勝した岩崎恭子に憧れ、自分でも小学校の大会で記録を残したいと思い、小学5年、6年のときには平泳ぎの校内新記録を出したという。その後、芸能界に入ると水泳から遠ざかったが、近年ではドラマやCMの仕事で泳ぐ機会も増えていた。

2016年発売の写真集『This is Me』(集英社)

 7~8年前からはサーフィンを始め、Instagramや写真集などでその様子を披露している。本人いわく《私の場合、“まじめなサーフィン”なんです。先生が「この波だよ」って教えてくれて、それに乗ったりして。どちらかというと、部活動みたいな感じですね》(※1)。サーフィンで鍛えたおかげで、以前のどちらかといえばぽっちゃりとした体型から引き締まったボディへと変貌を遂げ、30代後半になった最近では「奇跡の3X歳」とも称される。かつては深田のファンは圧倒的に男性が多かったが、2016年には女性メイク誌『MAQUIA』の責任編集による写真集『This is Me』が発売されるなど、年齢を重ねるごとに女性からも人気や共感を集める存在となっている。

『下妻物語』ではゴスロリ衣装も披露 ©️時事通信社

 俳優業では、2004年に映画『下妻物語』でロリータファッションを愛する少女を演じ、日本アカデミー賞優秀主演女優賞など数々の賞とともに演技力に定評を得る。2009年には、往年の人気テレビアニメを実写映画化した『ヤッターマン』で“ドロンボー一味”のリーダー・ドロンジョ様を演じた。大人の女性の魅力を感じさせるようになったのは、本作に出演したあたりからだろう。