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思わず涙がこみ上げた工藤監督からのプレゼント

 アーキーさんの場合、抗癌剤治療後に発熱する事も多く、「始球式当日、熱が出てしまったら新型コロナウイルスの疑いで入口までは行っても入場できない」という2021年型のルールの事も考えながら精神的にも肉体的にも緊張感のある時間を過ごした。

 しかし、キャッチボールで調整をしようにも手がしびれてボールを地面に落としてしまうほど抗癌剤治療の影響は出ていた。準備に時間を費やせないまま5月5日、始球式当日を迎えた。控え室に案内されると、工藤監督からユニフォームのプレゼントが届けられていた。「これを着て始球式に挑んでください」というメッセージに思わず涙がこみ上げた。

工藤監督からのユニフォームを見たアーキーさん(本人提供)

 くしくも工藤監督に顔が似る前から同じ左利きでボールを投げた幼少期。そんな偶然もあってモノマネにも力が入ったアーキーさん。普段は電気工事作業員なのでプロのモノマネパフォーマーでない立場……、まさか本人の前で投球が出来るなんて思ってもいなかった。

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 本来ならば有頂天のこの瞬間を、抗癌剤の影響をうけてだましだまし過ごしていた。本番前に軽くキャッチボールをする時間もあったが、手がしびれて上手くボールを握る事が出来ず、本番の一球の為に体力温存を選択した。

大画面に映し出された始球式の映像 本人提供

 

 ステージ4の癌宣告を受けておよそ1ヶ月間の闘病生活を送り、病院から向かった本番のアーキーさんの意気込みをそのままに、もう一人の工藤監督の左腕から放たれたボールは甲斐選手のミットにノーバウンドで吸い込まれた。体調面と治療による準備不足と当日の握力の様子を踏まえて「これは全部奇跡です。熱もいつも出るのに出なかったし、本当は歩くこともきつかった。皆さんに感謝です」と、アーキーさんは口にした。

 始球式の大役を果たして控え室に戻ると、工藤監督からのサイン色紙が届けられていた。

 その文字を見て、アーキーさんは「断らなくて良かった」と心から浸れた。

工藤監督からのメッセージ(本人提供)

 日本人の二人に一人が癌を患うこの時代。筆者も多くのホークスファンの旅立ちを見送ってきたが、彼ほど前向きで気丈に振る舞う強さを見ることは無かった。5年以内の生存率が7%というステージ4の事実も知った上で、「その7%になれたら良い」と語るアーキーさん。

「今までわがまま放題好きなことをやってきたから死ぬのは本当に怖くはない。でも残りどんだけあるか分からん人生だから、変わらず好きなことして自分らしく生きるよ」

 笑顔で語るアーキーさんは、ホークス公式球団歌『いざゆけ若鷹軍団』のBGMに鼓舞されながら、癌との真っ向勝負を決意し、今日も生きている。

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