スポンサー企業やアイドルなどがプロ野球の試合前セレモニーを盛り上げる始球式。ネットニュースでも“ノーバン投球”の文字が躍る事が度々ある。
ここでは、その華やかな始球式の中でも全く記事になっていない壮絶な始球式について記したい。
ステージ4宣告を受けた男が始球式に挑むまで
今回スポットを当てる始球式の主人公は篠原彰さん(49)、通称アーキー。PayPayドームでのホークス戦では度々ライトスタンドで見かけることが多い大のホークスファンである。毎試合一人でライトスタンドに来ているアーキーさんの所には多くのファンが挨拶に来るほど名物ホークスファンとして認知されている。
福岡のローカル番組では工藤監督のモノマネパフォーマーとしても出演することが多く、それもあってアーキーさんの周りにはホークスファンが憩いの場を求めてやってくる。
3月26日(金)、新型コロナウイルス感染対策をしながら2021年のプロ野球は開幕した。
アーキーさんも含めて、ホークスファンにとっては今年も優勝への、5年連続日本一へのペナントレースが始まる高揚感がたまらない開幕シリーズである。例年で言えば、本拠地PayPayドームで試合があると試合後の福岡市内の飲食店は祝勝会なる飲み会が開催されるが今年は“3密回避”の世相によりそうもいかない控えめな開幕シリーズとなった。
アーキーさんは一人、焼鳥屋さんのカウンターで勝利の美酒に浸り、開幕シリーズのシーンをプレイバックしながら過ごしていた。
そんな幸せな夜のはずだった。しかし、2杯目の美酒に差しかかったあたりでアバラ骨辺りに違和感を覚え、それから強めの痛みを何度も感じた。“どこかにぶつけたかなぁ。痛いなぁ”という具合に早々に帰路について後日検査のため病院へ行くことに決めた。診断結果は4センチほどの癌。青天の霹靂以外の何物でも無いが、アーキーさんの入院生活と闘病生活は人知れず始まった。
「まずは1ヶ月生きましょう! それが出来たら次は3ヶ月生きましょう! その次は半年生きるのを目指しましょう!」という主治医の言葉が優しくも重かった。
膵臓から肝臓に癌が転移し、十数個の腫瘍が確認され、ステージ4の病魔に勝つための抗癌剤治療が自動的に始まった。ステージ4の患者が5年生存する率が7%であることも、スマホで調べてすぐに分かったが、毎週月曜日の抗癌剤治療で人生の可能性を繋ぐ為に動いた。
そんな闘病生活が始まった矢先に舞い込んできたのが工藤監督の誕生日である5月5日の試合前セレモニーでの始球式である。
「いつか工藤監督に認知してもらえたら」
そんな想いで始めたモノマネパフォーマーとしては喜ばしい事ではあるが、抗癌剤治療の影響もあって体中に痺れがくる状況でボールを握る手も震えで力が入らない。しかも左足に血栓が見つかり、爆弾を抱えた絶体絶命の状況での準備期間は1ヶ月ほどしかないという大役。自信は無いが“近々終わるかもしれない人生”にやるしかないという強い気持ちだけで引き受けた。