昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

阪神ファンよ、敵は巨人にあらず…2008年、あの夏の失意を思い出せ

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/07/03

 本コラムを書いている7月2日夜、最大8ゲームあったセ・リーグ首位の阪神と2位巨人とのゲーム差は1.5にまで縮まった。交流戦を6連勝で終えたタイガースは、このまま独走しつづけるにちがいない。多くのファンがそう思った。いや、勝ち続けることに臆病なファンの大半は「お願い、このままいって!」と願うか、「せめて勝率5割でいいから」と殊勝な星勘定を脳内でおこなった。

 一ファンである私も例外ではない。

 一方で、本コーナーの監督を任された立場としては、現状に一喜一憂することなく、冷静なる眼で俯瞰するよう心がけている。そうするなかで、じょじょに、巨人の猛追は恐るるに足らず、むしろ、「想定内」と捉えられるようになった。なんとなれば、あらゆる自然のおこないには波がある。海面の波は言うまでもなく、景気の波、好不調の波、感情の波……、人間関係にだって波がある。勝負事に波があるのは、必定と言えよう。落ちない波はない。同様に、凪が永久につづくこともない(見よ、DeNAを! 開幕から永遠に負けるかと思われたが、交流戦は大活躍だったではないか……と、DeNAを例に出してしまい、横浜ファンの松樟太郎先生にお詫びします)。

 この視点に立てば、開幕から絶好調を維持してきた阪神が、ここで小休止するのは必然。かえって、ちょうどいいタイミングで落ちたと言えるのではないか。夏前に一度、波を落ち着かせておいて、大山、サンズ、近本など、夏場に強い主力がそろう阪神は、秋に向けて快進撃することだろう。

 よかったよかった。何も案ずることはない。矢野監督のシナリオ通りだ。

 ……とここまで思考が進んだところで、おや? と思われた方もいよう。

 そう、そのとおりである。

 以下、阪神ファンのなかでもまだあまり語られていない、阪神最大の敵について見てみたい。

敵は巨人にあらず、東京五輪にあり

 まずは、以前このコーナーに登場したわが心中に眠るもう一人の私(「俺」)に語らせてみよう。数ヶ月出番がなく、うずうずしていたようだ。そのストレスでずいぶん「おっさん化」が進んでしまったが、どうぞお許しいただきたい。

     *

「いやいや、え、これもうマイク入ってるの? あ、そう。ほな、言うけどね、敵は巨人やないよ。みんな勘違いしたらあかん。じゃあ、誰って? なに言うてんの。そんなん、決まってるやん。オリンピックやオリンピック。東京五輪に決まってるやん。

 いや、びっくりしたわ、ほんま。7月19日から8月12日まで中断って、何それ。25日間の中断。

 25日やで? わかってる?? 約1ヶ月。オープン戦の期間とほとんど変わらへんやん。

 この夏場が正念場やろ。昔から言うやん、夏を制するものがペナントを制す、と。

 特に今シーズンの阪神は、そう。誰やらも言うてたけど、いま、一時的に不調の波がきてるのはしゃあない。波を上向きにするためのタメの期間が今や。問題は、ここから。一度、底で溜めたエネルギーを上に引き上げる。7月に入って、波の角度が下から上に向き始める。たぶん、そうなるやろ。

 そうして、上がってきた。よし、また開幕から始まった快進撃の再来や! こういうシナリオを阪神ファンは待っていたわけや。それが、や。

 上向きだした波の先端が、ぷつりと断ち切られる。

 試合がなくなるというのは、そういうことや。波の勢いがいったん削がれる。削がれた勢いはいったんゼロになるわけで、再開後、波の角度が以前どおり上向いたまま上がっていくことはない。大きな石をもちあげるときを考えてみればわかるやろ。もちあげるときが重いわけや。宙に浮きだしたら、あとは腰の位置までいっきにもちあげる。そのほうが楽なんちゃう? 途中で、中腰のまま止めてみぃ。めっちゃ重いし、しんどいで。25日もその体勢でいてみいや。そっからもう一回もちあげるの、並大抵やないで。ちゅうか、腰いわすやろ。

 25日間の中断ってそういうことやで。

 エキシビジョンマッチが12試合あるやろ、って、何言うてんねん。公式戦ちゃうやん、それ。公式戦ちゃうやつを、シーズン真っ只中にやって、なんの意味あるの。仮にそこで全勝でもしてみ? あとが怖いで。かといって全敗も嫌やろ。それに、選手はあくまで調整のためだけに出場するわけで、調整のためだけに出ている打者に調整のためだけに出ている投手がどんなボールを投げるの。毎年、オープン戦の活躍を手放しで喜べへん、あれと同じこと。ただひとつ、決定的にちがうのは、オープン戦はシーズンを前にしたほんまの調整の意味があるのに対し、エキシビジョンマッチは、好調なチームであれば、その勢いをできるだけ持続するという類の調整が加わるということ。つまり、個々人の調整にくわえ、チーム全体の波を調整する必要がある。なにせ、シーズン真っ只中なわけやからな。

 現に、交流戦後のわずか4日間のブレイクで、流れが変わったやろ?

 楽天との3戦目(6/13)、すごかったやん。どうやっても負けへん、めちゃ強いチームになってた。……って、おいおい、なんでマイクとるねん。ちょい待ちい……」

 *

 まったく異論はないのだが、ここからさらにヒートアップしそうなので、いったん司会にマイクを戻すことにする。

 とりわけ、この点については、「俺」と意見がぴったり重なる。

 敵は巨人にあらず、東京五輪にあり――。

 ちなみに、「俺」が話しかけていた対楽天戦の勝利は見事だった。

 楽天先発の新人・早川と久しぶりの登板となったガンケルの投げ合い。一進一退の攻防の末、同点で迎えた9回表。3連敗だけは避けたい楽天は抑えの松井裕樹を投入した。松井は、現時点でのパリーグのセーブ王である。あと一死で楽天の負けはなくなるツーアウト後、阪神は粘りに粘って梅野が出塁。そこで盗塁を決める。ただし、ただの盗塁ではない。ディレイド・スチール(delayed steal)といって、わざとワンテンポ遅らせての盗塁である。投球直後に走らなかったため、捕手・田中貴はあわてて送球。それがセンターへ逸れ、梅野は三塁までいっきに進塁。結局、この走塁で追い込まれたバッテリーは、一番近本との耐久戦のような対戦に粘り負け、タイムリーを打たれる。この1点を9回裏、阪神の守護神スアレスが守りきり、ゲームセット。

 すきのない、真の強者の戦いだった。

 それが、交流戦後の巨人戦では、初戦こそとったものの、2戦、3戦目を落とし連敗。とくに、6月20日の3戦目は、原采配に翻弄されっぱなしだった。一打同点という場面で左の高梨に対し、阪神は新人・中野(左打ち)を下げ、右打ちの北條を打席に送る。ツーストライクまで追い込まれる。その瞬間、突如、原監督がベンチを飛び出してくる。審判となにやら、話し込む。な、なに? 球場が心なしかざわついた。そして、ピッチャー交代が告げられる。ツーストライクから右投げの投手への交代という意表をついた作戦をとったのだ。それに対し、阪神ベンチは沈黙。そのまま北條が打席にたち、代わった鍵谷の1球目を強振し、三振に倒れた。ツーストライクと追い込まれていたとはいえ、左の糸井を送るという選択肢はなかったか。そもそも、テレビ解説者(岡田元監督)が言っていたとおり、「1番・近本、2番・中野で今年はいく。そういう意味でも中野でいくべき」だっただろう。1週間前にディレイド・スチールを決めたチームの面影はまるでなかった。さらにいえば、この日以降、中野はスランプに陥ることになった(次の試合から月末までの打率が.161)。

 かように、シーズン中における試合のない「間隔」はこわい。感覚と流れを容易に変えてしまう。