「チーム、今シーズン初の先発全員安打です」
「メヒアの代打ホームランは2019年以来2年ぶり、自身5本目です」
「松本航はこれまでの最長が7回だったので、8回のマウンドに上がるのもプロでは初めてのことです」

 野球中継で紹介されるデータ。その範囲は広く、量は膨大である。

 打率や本塁打、打点、盗塁、投手の勝敗数、セーブ数など、当たり前に紹介される数字の他にも、チームの記録、連続記録、選手個人の記録――「野球はデータのスポーツ」と言われるだけあって挙げればキリがないが、中継の中でそのチームの状況や選手の特徴を表現するのに、これらの数字が効果的に使われているのはお分かりいただけるだろう。

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 これらのデータは、誰がどう調べ、どのように管理されているのか。膨大にあるデータから、必要なデータはどう抽出されているのか。

 今回は文化放送ライオンズナイターにおけるデータの管理と、それにかかわるスタッフ「スコアラー」の仕事を紹介したい。

 文化放送には、実況アナウンサーが共通で使う「選手カード」というものがある。出場成績を1試合ごとに記録し、累積した数字を記したものだ。これを全試合12球団分、スタッフが手書きで記入しているので非常に手間暇のかかっている資料だが、「選手カード」を見れば打率の推移や本塁打、打点、盗塁、失策といったデータの基本の「き」は分かるようになっている。

 実況アナはこの「選手カード」に加えて独自の資料――得点圏打率、投手対打者の成績、最近5試合の成績、カード別の成績など――を、文化放送が契約しているデータサイトから調べ、手元に用意し実況している。

 呉念庭の得点圏打率、中村剛也の満塁での成績など、選手の特徴を表すデータをタイムリーに実況に盛り込んでいけるかどうかは、実況アナの感性と準備によるものと言ってよいだろう。

試合中のスコアラーの様子。右手ではスコアを書き、左手では球数を示している ©黒川麻希

右手でメモ、左手で合図

 それでも、野球は予測のできないことが起こるものだ。

 例えば7月2日のオリックス戦で西武の先発・佐々木健が初回、先頭打者への頭部死球で危険球退場となった。結果的に「先発投手の先頭打者への頭部死球で危険球退場は史上初」で「先発投手が3球で危険球退場は史上最少の球数」となってしまったが、こんなことまで予測して準備をするアナウンサーはいないだろう。

 上記は極端な例としても、例えば満塁本塁打の本数も、中村剛也は別として把握されているケースは多くない。代打本塁打、初回先頭打者本塁打、稀なものだとサイクルヒット、ノーヒットノーラン……これらがいつ以来、何度目の出来事なのかは、その場面になって実況アナの手元に渡される。

 では、そのデータは誰が調べ、実況アナに伝えるのか。スコアラーである。

 スコアラーとは、球場の中継ブースにいる実況の横でスコアを書きながらデータを提示していくスタッフのことだ。

 試合中はスコアのほかにも、ランニング(得点項目や投手交代など、試合の流れをまとめたもの)、シート表(守備位置に選手名を書いたもの)、さらには試合終了後に実況アナがそのまま結果を読めるようにまとめた原稿(通称「赤紙」)も書き上げる。勝利投手や敗戦投手、ホームラン、チームの連勝・連敗や順位の変動、試合の総括として伝えた方が良い記録達成などはこの赤紙に記されていく(ちなみに放送用スコアは一般と同じく早稲田式だが、色の使い方が少し違う。ざっくり言うと、攻撃側にプラスのものを赤、守備側にプラスのものを青で書き、視覚的に判別しやすいようになっている)。

 これらを書きながら、ペンを持っていない方の手では球数を提示していく。ラジオの野球中継で必ず伝えられる「ピッチャー、第1球を投げました」は、アナウンサーが投手を見ながら横目でスコアラーの指を確認し、実況されているのである。

 実況アナが手元の資料に目を落としている時はあえて球数を提示し続けたりせず、投球モーションに入る段階でパッと指を出すことで、実況アナの目線を上げる効果もある。「実況開始」のサインにもなるのだ。