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 村から富士宮高校に通っている生徒の1人も学校新聞で問題を取り上げたとき、こう語ったという。

「少なくとも同じ村に住んで村人を罪に落とすのは人間でない。しかも、発言権のない世間知らずの高校生があばいたのは思慮がなさすぎる。村にそんな平和を破壊するような者がいるのは実際不愉快だ。たとえ事実があったとしても、村人としての礼儀で、口外するなどもってのほかである」

「村八分の事実なし」

 同じ日付で地元紙の1つ、静岡新聞は「村八分の事實(実)なし 富士地區(区)署で上野村の實状調査」という2段の記事を掲載した。

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村は「村八分」のイメージをぬぐうのに必死だった(静岡新聞)

【吉原発】富士郡上野村塚本、農、石川市郎さん(47)一家は、去月行われた参議院選挙の違反を投書したことから村八分になったという事件で、ラジオ東京その他、新聞社関係のニュース班が泊まり込みで押しかけ、それぞれのテーマで撮影、録音などしているが、右につき富士地区署は「部落民が石川家に対して村八分の共同謀議を行ったり、精神上または肉体上に具体的の迫害を加えた形跡はいまのところ認められない」と言っている。

 同紙は7月1日付朝刊でも、石川家の住宅の写真を入れた「法務局が實地調査」という記事を載せた。

 注目されるのは、皐月さんの父親が「村八分するといったことはもちろんあり得ないが、精神的な圧迫がある」と語っていること。さらに佐野村長は談話で、事件発生後も区長が父親に金を貸していること、ほかに4人が前から金を貸しているが、事件後、遠慮して(返済の)催促をしていないと述べている。

 さらに「引っ越しは2、3年前から口にしていることだ。石川さんはさる(昭和)20年ごろまでは水田5反1畝(約5060平方メートル)、宅地435坪(約1440平方メートル)、畑6反6畝(約6550平方メートル)、山林5反8畝(約5750平方メートル)を持っていたが、石川さんがあまり百姓に熱心でないらしく、だんだん売り食いしてしまったようだ。替え玉投票については申し訳のないことをしたと遺憾に思っているが、村八分の点は真相をよく調べてもらいたかったと思っている」とも。

 隣組の組長も父親のことを「普段寄り合いがあっても出ない人だった。近所との付き合いもこんな調子で、ほかの人とは変わっていた」などと語っている。

 同じ日付のもう1つの地元紙、静岡民報も馬見塚区長の「村八分の事実は全くない」という談話を載せた。さらに読売は静岡版トップで「本当に“村八分”はあったか “金や農具も貸した” 口を揃えて抗議する部落民」の見出し。朝日の特ダネに対抗する意図もあったのだろう。町長や組長ら村側の話を載せ、地元2紙同様「村八分は虚構」の論調を打ち出した。

【続き】《不正選挙告発 17歳女子高生の涙》“日本一の非文化村”で起きた「村八分」問題…その背後で見失われたもの

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 生々しいほどの強烈な事件、それを競い合って報道する新聞・雑誌、狂乱していく社会……。大正から昭和に入るころ、犯罪は現代と比べてひとつひとつが強烈な存在感を放っていました。

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