地域で爪はじきにされることを意味する「村八分」という言葉は死語だろうか。そう思っている人が多いかもしれないが、実はそうではない。

 現実に最近も裁判になったケースがある。コロナ禍で同調圧力や“自粛警察”などが叫ばれるのを見れば、表面には出ない実質的なケースも多いと考えられる。

 いまから70年近く前、静岡県の小さな村で半ば公然とした選挙違反が行われ、それを1人の女子高生が告発したことから、女子高生一家が地域で「村八分」にされたと報じられた。正式には村八分と認められなかったものの、時期は日本が占領から独立に踏み出した直後。戦後の民主化に逆行した、地域の封建的な体質を露呈した出来事として反響が広がり、全国的な話題に。

ADVERTISEMENT

 それから長い時間がたち、地域社会は大きく変質したが、選挙違反も村八分も、その時代や地域だけの問題だとは思えない。いまも、似たような事例がどこかで起きているのではないか――。文中、差別語が登場するが、当時の状況をできるだけ正確に伝えるためなので、ご了解を。(全2回の1回目)

◆ ◆ ◆

選挙違反の告発と「村人を罪に陥れたのはけしからん」

 1952年5月6日、静岡県で参院補欠選挙が行われ、元農林省高級官僚で戦前、農相や貴族院議員を務めた石黒忠篤(緑風会)が当選した。それから約1カ月半後の6月23日、朝日夕刊は「私は間違っていますか? 公明選挙を願う少女は嘆く」の見出しで次のように社会面トップで報じた。

「私は間違っていますか」と問題を投げかけた朝日の記事

選挙違反を投書した 娘さん一家を“村八分” 罪に問われ逆うらみ

【吉原発】さる5月の静岡県参院補欠選挙で同県富士郡上野村では、部落の有力者が棄権者の入場券を集めて歩き、これを使って数回も同一人が投票所に入るのを管理者が黙認したという選挙違反事件があり、このため佐野(茂樹)・同村村長、牧野(百松)・選管委員長ら十数名が取り調べを受け、役場吏員・望月敏夫(44)、配給所長・佐野二郎ら10名が送検された……。ところが、同事件が部落内の一少女の公明選挙を期待する投書から発覚したことを知った村民の一部が「村人を罪に陥れたのはけしからん」との考えから、その後、少女の一家を暗黙のうちに「村八分」同様の状態にし、この結果、生活に困った同家が村からの立ち退きを相談し合うという問題が起こっている。

 

 少女は上野村塚本、農(業)、元警察官、石川市郎さん(47)の次女皐月(さつき)さん(17)=富士宮高校2年=で、同家は父親市郎さん、妻きみ子さん(44)、皐月さん、妹の玲子さん(14)の4人暮らし。1反歩(約992平方メートル)の耕作のほか、生計のほとんどを他家の手伝い仕事に頼っていたが、選挙違反事件後は田植え時のこのごろでも全く手伝いの頼み手がなく、たまたま田植えを頼まれて行った家でも「昼間は人目がうるさいから夜来てくれ」と言い渡される始末。母親きみ子さんは「田植えに使う農具も貸すなと部落で申し合わせた」と涙のうちに語っている。

 

 皐月さんは社会科担当の山香(弘夫)先生に提出した感想文の中で「部落の人と行き来することはもちろん、言葉を交わすことさえ絶たれてしまったのだ。道を通れば、田植えの手を休め『スパイだ』『アカだ』とささやき交わし……。1人だけ来てくれる村のおばあさんにも『老い先も短いのに、何を好んでスパイの相手になるのか』と、私たちとの絶交をたびたび勧めるのだそうだ」と訴えている。

 

 静岡地検ではこの問題に対し、事実とすれば人権擁護局に連絡して調査のうえ処置をとるとの見解を示している。