──収入が魅力でマルチ商法を始めたのに、お金を使う暇もないとなると、モチベーションが下がるのでは。
西尾 今回『マルチの子』を書くにあたって、あらためてなぜ自分はネットワークビジネスをやっていたのかを考えてみたんです。そしたら、決して収入だけでやっていたわけではなかったのを思い出しました。
もちろん、「ビジネスへの参入障壁が低くて高収入が見込める」というのはいちばんの魅力です。でも、「人間的成長と知識向上」というオプションが大きかったように思います。
「あなたは特別な人です」と言われた気がした
ネットワークビジネスをやる人って、お勉強好きな人が多いんですよ。「商品を売る」プロにならないといけないので、深い商品知識や商品の背景はもちろん、初対面の人と話すコツとか、キャンセルやクレーム対応といった営業ノウハウも身につけておかなければいけません。だから、商品知識や営業力向上のためのセミナーや勉強会が常に行われていました。そういう勉強会に参加していると、「自分が知識を得ている」ということに独特な高揚感を抱くようになるんです。
今でも覚えているのが、作中にも出てくる「滝瀬さん」みたいなかなり上のランクの人から「ネットワークビジネスをしている人は真剣に生きているから、なんとなく生きている人とは目が違う」と言われたことです。「このビジネスを選んだあなたは特別な人です」と言われた気がして、「そうか、私は真剣に生きているから目つきが違うんだ!」と有頂天になったんですよね。今なら「そんなの、わかるわけないやん!」って一蹴できますけど、20歳で「神」と崇められている人からそう言われたら、「自分は特別だ」って絶対思っちゃいますよ。ある種の洗脳状態だったのかもしれませんが……。
──選民意識を煽るのがうまいということですか? 承認欲求の高そうな人や自己肯定感の低そうな人を「ターゲット」にしているのでしょうか。
西尾 当時私と一緒にネットワークビジネスをやっていたのは、普通の人ばっかりでしたよ。みんな明るくて優しいし、面白いし。すごいガツガツしている人とか、めっちゃ自己肯定感の低い人とかはいなかった。
でも、「勉強熱心」な分、だんだん組織内だけのつきあいになって、ほかとのつきあいがなくなるので、まわりが見えなくなるという部分はあったと思います。
それと、わたしのいちばんダメだったところは、入ってくるお金は管理できても、出ていくお金の管理ができていなかったところです。ネットワークビジネスで気がつくと地獄から抜けられなくなっている人が多いのは、みんなここが原因のような気がします。
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(取材、構成:相澤洋美、撮影:石川啓次/文藝春秋)