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「おはようございます。NHKですが」

 ディレクターが二人に声をかけた。意外なことに年配の女性は会話に応じてくれる。しかし娘と思われる少女は、他人のような素振りですっと年配の女性から離れていった。道の駅を利用している感想など、こちらの質問に普通に答えてくれる。声のトーンにも変わったところは感じられない。さらに、雑談のなかから二人が親子であるということをうかがい知ることができた。

 しかし、この3日間、毎日早朝からこの道の駅に来ていないかと聞いた瞬間、母親の雰囲気が変わった。ディレクターをかわすように足早にその場を立ち去り、娘と車に乗り込んで道の駅を出て行った。

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 この日を境に、道の駅から白いコンパクトカーに乗った女性たちの姿は消えた。

道の駅を去った母娘

 私たちが声をかけたことで、二人はこの道の駅を去ったのかもしれない。支援につなげたいという思いがあったとはいえ、その生活に影響を及ぼしてしまった可能性があり、悔やんでも悔やみきれなかった。

 結局、彼女たちが実際に車上で生活していたのかどうかはわからない。しかし、なんらかの事情があって真冬の朝5時半から3時間近く、女性二人だけで道の駅にとどまっていたことは事実だ。それも3日間にわたって……。

 多くの車上生活者を取材するうちに、車は彼らにとって“繭”のようなものかもしれないと思うようになった。貧困、家族からの暴力、人生の挫折など、さまざまな事情で苦しむ彼らが「少しだけ自由に生きたい」と願い、見つけた居場所。ドアの外に広がるやるせない現実から、そっと守ってくれる存在に感じられたからだ。

写真提供=NHKスペシャル

 取材は繭の糸を一本一本繰るように時間をかけて進められた。何度も通い、窓を開けてもらうところから始まり、車で暮らす本当の理由にたどり着くことができたケースはほんのわずかだった。あの白いコンパクトカーに乗っていた二人の女性のように、声をかけることはできても、途中で糸が切れてしまうことがほとんどだ。きっと二人にも他人には伝えたくない“なんらかの理由”があって、車の中で時間を過ごしていたのだと思う。

 他人と交わらずにひっそりと暮らす車上生活者たち。彼らが自らの言葉で語ることはきわめて少なかった。しかしそれでも、私たちは少しでも多くの状況を知ってほしいと思い、彼らを取材し続けようと決めた。

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NHKスペシャル ルポ 車上生活 駐車場の片隅で

NHKスペシャル取材班

宝島社

2020年8月26日 発売