「年金だけでは家賃が払えない」「DVから逃れるため」「他人との関わりが煩わしい」……。さまざまな理由で車上での生活を余儀なくされる人たちがいる。
そうした人々の生活実態に迫り、大きな反響を呼んだのがNHK製作の『車中の人々 駐車場の片隅で』(2020年2月放送)だ。ここでは、同番組の取材を行ったディレクター、記者、カメラマンたちによる渾身のルポルタージュ『NHKスペシャル ルポ 車上生活 駐車場の片隅で』(宝島社)の一部を抜粋。車上で暮らす人々の知られざる暮らしに迫る。(全2回の1回目/後編を読む)
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偶然出会った二人の女性
2019年12月中旬、私はディレクターとともに東京から離れた地にいた。0歳と1歳の子どもを連れた“車上家族”が道の駅にいるとの情報を得たからだ。
朝5時、ホテルを出て道の駅に向かう。4人の家族が暮らすというその道の駅は市の中心部から車で30分ほど。水銀灯の青白い灯りに照らされた数台の車が駐車場に停まっていた。
寄せられた情報では、家族が暮らすのは“地元のナンバープレートをつけた白い車”ということだった。暗い駐車場ではすべての車が鈍い鉛色に光って見える。遠目ではどれが白い車なのか見分けがつかない。乗ってきた車を降りて二手に分かれて探すことにした。
師走の空気は冷たく、あまりの寒さに徐々につま先の感覚がなくなっていく。暗がりに浮かぶ車はお互いに距離をとり、息を潜めるように停まっていた。他人を寄せつけない緊張感が漂っている。
駐車場のいちばん奥に、地元ナンバーの白いコンパクトカーが停まっているのが見えた。
「いた!」
思わず声が出る。ディレクターに手を挙げて合図を送った。情報どおりだった。
二人で車に近づく。フロントガラスには布で目張り。サイドガラスにもタオルで目張りがしてある。車内の様子はまったくわからなかったが、事前の情報と合致する点が多い。何よりもガラスを覆う目張りが車の中に人がいることを示している。
まず間違いない、と思った。後部座席から当該の車両が見える位置に車を移動して停めた。
運転席には母親らしき女性の姿、しかし車から降りてきたのは…
1時間あまりが経った午前7時、動きがあった。
車が左右に揺れている。そのしばらくあと、フロントガラスの目張りが外された。運転席に乗っていたのは長髪の女性。年齢は40代ぐらいだろうか、まぶしそうに目を細め朝日を眺めている。助手席に人の姿はなかった。
「運転席に母親らしき女性、父親と子どもは後部座席の可能性」
短い言葉にしてディレクターに伝える。父親がいつ子どもを抱えて降りてきてもいいように、後部座席の左右のドアに注意を払い続けた。
15分ほど経つと突然車が動き始めた。
(どこに行くのか?)
一瞬、頭の中が真っ白になった。