深夜のエックス線回折研究所で、アメリカエノキの種子を守っている鉱物がオパールだとつきとめた日、彼女は高揚した気分で朝日が昇ってくる瞬間を眺めた。宇宙が自分だけに教えてくれたささやかな秘密に涙し、いつか大きな真実に値する人間になれると感じた。同時に、それが孤独で、あともどりできない道であることも。
朝焼けのなかラボに戻ると、思いがけず電気がついていてビルがラジオを聴いていた。彼の椅子はマクドナルドの裏で拾ったもの。ラジオのスイッチは壊れているから、電池をとり出して消す。彼女の発見を聞いてビルは言う。「何かが起きる予感がしていたから、ここで座って待っていたんだ。これだったんだね」。
筆者のホープ・ヤーレンは地球生物学者で、地球史的な経過の中で植物が成功をおさめる理由の解明をテーマとしている。ノルウェー系の出身で、ミネソタ州で育った彼女は、十七歳で実家を離れて大学に進んだ。本書は彼女が科学者として自立し、素晴らしいラボ(研究室)を築くまでの自伝である。植物の生命力・忍耐力・共感力などについての叙述と、ホープの成長の軌跡とを交互に配する構成をとるが、植物の静謐にして偉大なたたずまいと、ホープの無謀で衝動的で、痛々しいほど懸命な生き方との落差は恐ろしいほどである。
地層の分析を行うために深い穴を掘ることは、彼女の研究のなかで大きな意味を持つ。指導教授のもとでフィールドワークを行っていたときに、彼女は素晴らしい穴を掘る学生に出会った。そして「いつもひとりでいる変わり者」で、十二歳から実家の庭に地下要塞を作って住んでいたビルと生涯の相棒になる。
彼女とビルは窓のない薄汚い部屋で、廃品の家具を集め、羽振りのいい研究室から中古の実験機器をもらって、なんとか「私たちのラボ」を出発させる。成果を出せず、研究費が途絶える恐怖に、彼女は絶えず怯えている。不安にさいなまれると血が出るまで手の甲を噛み、躁と鬱のあいだをいったりきたりする。そしてビルは、ホームレスとも仙人ともつかない彼自身のペースを保ちながら、守護天使のごとく彼女に伴走し、その足りない部分を補って「私たちのラボ」を発展させていく。
ホープとビルの生き方はあまりにもエキセントリックで、実のところ本書を読んだだけでは理解しきれない。その背後には、まだまだ語られていない複雑な事情や成育歴があるのだろう。だが、真実に対する彼らの渇望は、小賢しい分析など無意味だと思わせるだけの迫力に満ちている。同志でソウルメイトで共犯者の二人組は、いくつもの大学をわたり歩き、植物についての物語を紡ぎ続ける。読者はいつのまにか巻き込まれ、二人が掘った穴をのぞきこんでいるのだ。