10年以上前には、働いていた嬢が店を辞めてから別件で逮捕され、実は16歳だったことが発覚して、営業停止命令を下されたことがある。
「自分のお姉ちゃんの保険証とか持ってきたら、わかんないですからね。それで8ヶ月も店を開けられなかったから、まあ慎重になりますよね」
気になっていたヒョウモントカゲモドキについて聞いてみると、あれは実益を兼ねた店長の趣味だという。元々は熱帯魚を自宅で飼育していたが、爬虫類にも興味が派生して、今ではカメレオンなど数種をブリーディングし、爬虫類イベントで販売している。自宅で飼育していたが妻に嫌がられ、店に持ってきたヒョウモントカゲモドキは、今では30匹ほどに増え、受付上部の棚には、飼育用ケースがびっしりと並んでいる。トカゲではなくヤモリ科の仲間だった。
湿度の高いピンクの空間
安孫子店長に話を聞いている30分ほどの間にも、4人が座ればいっぱいになってしまう待合室に、背広を着たサラリーマンと、チノパン姿の初老の男性が少しの時間差でやってきた。あの痩せた店員から「どうぞ」と言われて待合室から出るとすぐに、女の子の「ありがとうございます~。久しぶりじゃん」という声が壁越しに聞こえた。若い客は少ないが、安孫子店長が働き始める前から通っている常連も多いという。
店の広さは、5室あるプレイルームを合わせても、40平方メートルほどだろうか。風営法の規定により間取りは変更できないために、開店以来手を入れたのは、壊れたシャワー室を取り替えただけ。それも、すでにだいぶ年季が入っている。シャワー室の向かいには女の子たちの名前の書かれたボディソープが古びた棚に並んでいる。
プレイルームは2畳ほどの広さで、ピンク色の壁に囲まれ、ピンク色のタオルが積まれたベッドの脇には鏡が貼られている。
簡素な、必要最低限の空間。無機質だが、湿度が異様に高い。枕元に置かれたローションの蓋が黄緑色で、ピンクの空間でやけに目についた。
多様な目的で人々が訪れる雑居ビルならば、一度店を出てしまえば、風俗店に行ってきたとはわからない。その無名性はビル内で店を営む大きなメリットだが、近年は中国系マッサージ店が増えて客が減っている。居酒屋があった方が、ほろ酔いで帰りに寄る客が多かったという。それでも安孫子店長は、付き合いも兼ねて斜め前のユウさんが働く店に定期的に通っている。
安孫子店長に話を聞いた帰り際、カウンターであの痩せた店員と目が合った。
なんと声をかければ良いのかわからずに、「頑張ってください」と励ましにもならないような言葉をかけると、俺に言われてもどうしようもないというように「はあ」と返された。どこか達観したような表情に見えた。
以来、何度も店の前を通っているがそのドアは一度も開けていない。
斜向かいの〈ニュー新橋バーバー〉で順番を待つ間に、店のドアが開くのではないかと窺っているが、中から誰かが出てくるのを見たことはない。
久しぶりにホームページを開くと、リニューアルされてしまったらしく、スタッフブログのコーナーは無くなっていた。