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2021/07/15

genre : ライフ, 歴史, 読書

流れに逆らえ

 翌日から本格的に水中発掘が始まった。今回のプロジェクトは船の引き上げは行わず、発掘し露出した船体の形状を記録し、どのような船が、どうやって造られたかを調査することが目的だった。そのためにはチーム全体で船体構造を露出させなければならない。まずは掃除機のように土砂を吸いあげるホース状の水中ドレッジで川床を掘り進めた。

 発掘チームは4人ずつの2班に分かれ、各班1日に2回ずつ潜水作業を行なうことになった。ステラ川の透明度は、基本は50cm程度だ。ただ1週間に1回ほど透明度が向上し1m程になることもある。逆に1週間に2~3日は透明度がほぼゼロになったりする。

 これは川の上流のどこかで雨が降ると、泥水が川に流れ込むためだ。もちろん海での発掘でも日によって透明度が変わるが、川では変化がより顕著なのである。

 私達の滞在していたパラツォーロ・デッロ・ステラ周辺では晴れの日が続いていたが、上流の山間部ではよく雨が降るので、1週間の3分の1は作業できなかった。

「鯉のぼりの鯉はこんな気分なのだろうか」

 風を受けてパタパタとたなびく鯉のぼりを思い出し、そんなことを発掘中に何度も考えた。私達が苦しめられたのは、何より川の流れだった。鯉のぼりよろしくパタパタどころか、ビューッと流されそうになりながら、必死に逆らって泳ぎつつ発掘作業や記録作業を行わなければならない。

 ステラ川は水深が5~6mと浅いので、海での発掘とは異なり、潜水病の心配はそれほどしなくてよい。そのため、水中での連続作業時間は1時間以上になった。それだけの時間、川の流れに逆らって泳ぐのは大変だった。

やっと出会えた初めての古代船

 作業を始めて2週間が経つと、分厚く堆積した土砂が取り除かれ、沈没船が姿を現してくる。私にとっては、初めて見る古代船だ。

 そして、ついにその瞬間がやってきた。

 その日、私達の前に潜った班から「船体が露出した」という報告は受けていた。いよいよ私の番だ! 鼓動が早くなる。ドキドキとワクワクを胸に、潜水を始めた。

 水中は相変わらず50cm先までしか見えなかったが、もう何度も作業しているので、迷うことなく、船体が露出している場所に行くことができた。

 濁った川の水の中で底に顔をグッと近づける。目に飛び込んできたのは……。

「おおおおおおおおお! 船だ!」

 想像以上に素晴らしい光景だった。1m×1mくらいの範囲で木材が露出している。表面には、木目までしっかり見える。

「ここまで保存状態がいいものなのか!」

 それこそ、一見しただけではこの木材が昨日沈んだものか、2000年前に沈んだものか区別するのは難しいだろう。

 これはステラ川の特殊な環境のおかげだった。