水位の上昇をはじめとしたさまざまな理由により、世界中の海には300万を超える沈没船が眠っているといわれている。そうした水底に沈んだ船・人工物から、歴史をひもといていく職業が“水中考古学者”だ。

 ここでは水中考古学者として、年間20隻以上の沈没船の調査・研究にあたる山舩晃太郎氏の著書『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(新潮社)の一部を抜粋。カリブ海に眠る“沈没船”を発掘した際のエピソードを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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海底では迷子になるな

 透明度が低い時に一番気をつけなければならないのは、「自分が今どこにいるかしっかり把握する」ことだ。

 透明度が悪い場所では対象物に近づいて撮影しなければならない。それ自体は、そこまで難しいことではない。透明度が50㎝ならば30㎝まで近づいて写真を撮ればいいだけだ。ただ、1回の写真で撮れる範囲が狭まる。だから、抜けの無い、完璧な沈没船遺跡のデジタル3Dモデルを作成するには、透明度が高い現場よりもさらに気をつけて、正確に、そして計画通りに「フライトパス」をなぞって泳がないといけない。しかし透明度の悪い場所で、泳ぎながら自分の位置を把握するのはかなり難しい。例えるなら濃い霧の中で目印や障害物のない草原を歩いているようなものだ。方向感覚はあてにならない。

 しかも今回のブリック・サイトは未発掘の遺跡、そうと知らねば「少しだけこんもり盛り上がった砂地の海底」にしか見えない。撮影予定の20m×15mの範囲で泳ぎながら目印になりそうなものが見つけられなかった。それでも、低い透明度下での作業経験と、自らの位置感覚のみを頼りに泳ぎ回り、何とか遺跡全体のフォトグラメトリ(編集部注:撮影した写真をコンピューターで解析し、3Dモデル化する技術)用の写真を撮ることができた。

※写真はイメージ ©iStock.com

 地元の伝承では、ブリック・サイトのレンガは、昔、壁のように積まれた状態で海底に残されていたそうだ。それがある日、強い嵐がカウイータ湾を通り過ぎた後、このレンガの壁はすっかり流されてしまった、と伝わっていた。

 しかし、私は完成したブリック・サイトのデジタル3Dモデルを見て驚いた。

 海底の盛り上がり具合や、露出したレンガの様子から見ると、このレンガはまちがいなく積み荷として船に積まれていた当時の状態のまま沈んでいる! まるで組み合わされたレゴブロックのような状態だった。

 現場を見た時「海底にレンガがずいぶん埋まっていそうだな」とは思ったが、ここまできれいに残っているとは……。どうも、船が沈没した時、嵐によって船体は横転せず、比較的緩やかな浸水によって直立したまま嵐によって運ばれて来た砂の下に沈んだようだ。「レンガの壁」は今なお、その場に眠っているのだ。

 この事の意味するところは大きい。砂地の海底の場合、積み荷が重ければ重いほど、その下の船体が砂に押し込まれ、無酸素状態で木材が保存される。

 このレンガの下に船の木材が保存されている可能性はかなり高い!

 そうだとすると水温が高く、木材を食べるフナクイムシなどの海洋生物の活動が活発なカリブ海の沈没船遺跡では珍しいことだ。水深が11~14mと、浅すぎもせず深すぎもせず、発掘作業もしやすい。最高に研究価値のある沈没船だ!