昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/07/15

genre : ライフ, 歴史, 読書

「飛び降りた」のではなく「降ろされた」

 ここで1710年に沈んだデンマークの奴隷船の1隻であるクリスチャニス・クインタス号の記述を思い出してもらいたい。「船員達を降ろした後で、錨ケーブルを切断して座礁させた」とあった。船員達は飛び降りたのではなく「降ろされた」のだ。細かい言葉の違いだが、とても重要である。18世紀当時、ヨーロッパ諸国では、帆船の船員でも泳ぎの上手い者は少なかったという時代背景も考慮したい。学校で泳ぎなど習わない時代だったからだ。船員達が「降ろされた」というのが、海に飛び降りて岸まで泳いだ、とは考えにくい。恐らく小型船に乗り換えたのであろう。

 船員達が避難した後、このような形で係留されている帆船を確実に座礁させようとしたら、どうしたらいいだろうか?

 そう、「沖の方向に投錨している」錨のケーブルを切断すればよいのだ。

 もし岸に近い方の錨のケーブルを切断したら、船は、水深が深く、障害物の少ない沖方向に流れていき、なかなか座礁しない可能性がある。確実に短期間で座礁させるためには、沖の方の錨ケーブルを切断するのだ。そうすれば係留が解け、船が浅瀬に座礁してバラバラになる。つまり不自然に岸に近い浅瀬に降ろされた錨は、船を意図的に座礁させるためだと考えたらクリスチャニス・クインタス号の歴史記述と完全に一致する。

 これらの状況を考慮すると、この2つの沈没船が1710年に沈んだデンマーク奴隷船の「クリスチャニス・クインタス号」と「フレデリカス・クインタス号」である可能性が極めて高くなる。

ついに船の正体を解明

 私の説明が進むにつれ、話を聞いていたコスタリカ人の多くは絵に描いたような「ポカーン」とした表情をした。しかしその後、徐々に彼らの眼がどんどん輝いていったのを私ははっきりと見ることができた。

 私は、作成したブリック・サイトのデジタル3Dモデルを使いながら、こう言った。

「恐らく積み荷としてのレンガは未だに手つかずのまま埋まっているでしょう。そのレンガの下には、カリブ海で珍しいほどの保存状態で船体木材も残っていると考えられます!」と伝えた。

 大人達は笑顔で、少年少女達は声を上げて喜んでくれた。

 翌朝、私はアンドレアスとコスタリカの研究者達に「必ずまた戻る」と約束して帰路に就いた。

 数日後、アンドレアスから1本の連絡があった。今回の私達の調査結果から、この2隻の沈没船がクリスチャニス・クインタス号とフレデリカス・クインタス号である可能性が高いとコスタリカの文化庁が納得し、引き上げたレンガをデンマークの研究機関に送る許可が出たという。

 そして半年後、2020年の春頃に、レンガの化学分析の結果が届いた。レンガは紛れもなくデンマーク製だった。

 これで正式にカウイータ湾の2隻の沈没船は1710年に沈んだデンマークの奴隷船、クリスチャニス・クインタス号とフレデリカス・クインタス号であることが証明された。

 長年、「海賊船」だと言われていた2隻が、コスタリカ人のルーツを物語る重要な船だと、やっと解明することができたのだ。

【前編を読む】「汚ねえ…そして臭いな」動物の死体が浮かぶ川に潜っての発掘作業、発見した“沈没船”の驚きの正体とは

沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う

山舩晃太郎

新潮社

2021年7月15日 発売

 

この記事の写真(2枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー
z