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2021/07/15

genre : ライフ, 歴史, 読書

本当に大変なのは水温だった

 まずカプリ教授がステラ1沈没船の位置を潜って確認し、ボートを係留するためのブイを設置した。その後、私達も沈没船現場に潜ってみた。水に飛び込んだ私は声にならない悲鳴をあげた。

「ぎゃーーーーーー!」

 冷たい! ステラ川を流れるのは、イタリアの北端のアルプス山脈からの雪解け水である。水温は初夏であろうと10度ほどだ。

 それなのに私達はイタリアチームから「ウェットスーツで十分」と説明を受けていた。冷たい水でも頭と手首以外は濡れずに済み、保温性のあるドライスーツを着ないのがイタリア式の「男らしさ」なのか?

 まず、全身に痛みが走る。特に手足の指先はペンチで潰されているような痛みだ。冷たいのではなく痛いのである。しかも流れが速い! 気を抜いたら流されてしまいそうだ。

 私達はブイから川床に伸びるロープをしっかりと掴み、潜っていく。水面から1mも潜ると透明度が一気に落ちた。真っ白である。まるで雪山の吹雪の中にいるようだ。さらに潜ると目の前が茶色になり、身体が何かにぶつかった。川底だ。水深は5~6mほど。カプリ教授の設置したロープが張り巡らされていた。透明度が悪く、ロープがどこに繋がるかは見えないが、これから発掘する沈没船の周りにぐるっと1周張り巡らせてあるはずだった。流されないように這いつくばりながらロープ内の範囲を確認してみたが、内側には泥が堆積しているだけだった。しかし、この泥の下に沈没船の船体が埋まっているのであろう。

濁った川底で、船の外板の厚さを測るカストロ教授 ©Texas A&M University/University of Udine

 一通り川床を見て回った私達は水面に浮上した。寒さでとにかく震えが止まらなかった。船着き場に戻り、日光で体を温める。Tシャツで歩き回る街行く人々を横目に、私達は毛布にくるまっていた。

「発掘って大変なんだな……」

 今更ながら、そんなことを考えた。