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 1990年代の2回の調査で、この沈没船から発見された積み荷のほとんどは、古代ローマ時代のルーフタイル(瓦)だった。この地域は古くから焼き物に適した土が採取できることで知られており、ルーフタイルは当時の名産品だったことが分かっている。焼き物に使われる泥は粒子が小さく、それが混ざったステラ川の川床は、一度埋まってしまえば外部の空気を完全に遮断するので、内部にはいかなる微生物も生息できないのだ。そのおかげでステラ1沈没船は昨日沈んだかのようなフレッシュな状態で私達の目の前に現れたのである。

※写真はイメージ ©iStock.com

 目をさらに凝らすと、幅30cm程、厚さ3~4cm程の木の板が並んでいる。外板だ。

 外板は船の外側を構築する木材である。隣り合う外板と外板の繋ぎ目に、植物の繊維が束ねられ、盛り上がっていた。木材同士の間から、水が入ってこないように隙間を埋めているのだ。その1本1本の繊維まで完璧な状態で残っている。

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 船体の内側にはタールのような茶色いものも塗られていた。植物の繊維でも防ぎきれず、船体に染み入ってくる水を弾く役割があった。更に船首部分から船体中央部に眼をやると、船体を補強するためのフレームが見えた。フレームの下部が、外板同士の繋ぎ目に沿ってあてられた植物繊維の束を避けるように削られ、凹んでいる。

「!」

 造船過程が逆なら、このように非規則的にフレームの下部を削る事はしない。外板の繋ぎ目に合わせて削ったから凹みが不規則なのだ。つまりこの船は最初に外板部が作られ、その後にフレームが備えられたということになる。私の心臓の鼓動がまたしても早くなる。

「紛れもない! 古代船の船体構造だ!!!」

 船は世界中で古代から造られていた。有名なところで言えば、古代エジプトでは移動手段として船が活用されており、紀元前2500年頃にすでに全長約42mの「クフ王の船(通称:太陽の船)」が作られている。

 古代船は総じて丸木舟から進化してきた。そのため、造船の過程においては、船の内部に備えられたフレームではなく、外板部が最重要とされてきた。このように外板(シェル)が先に造られる船を「シェルファーストコンストラクション」と呼ぶ。

 その後、地中海周辺の世界では、外板の補強として備え付けられたフレームの役割が徐々に重要になっていき、西暦7世紀から11世紀にかけて、ついに外板部よりも先にフレームが造られた船が誕生する。つまり、最初にフレームを骨格として組み立て、そこに皮のように外板を張り付けたのである。これにより、船全体の形状をコントロールできるようになった。

 21世紀現在でも、木造船はフレームが先に組み立てられ、その後に外板が張り付けられている。フレームが先に造られる船を「スケルトンファーストコンストラクション」と呼ぶ。スケルトンとは骨組みや駆体という意味だ。

 このコンセプトは地中海世界の船全体に適用でき、シェルファーストコンストラクションの船は中世中期以前に造られた船、スケルトンファーストコンストラクションの船は中世中期以降に造られた船と考えられる。私達船舶考古学者にとって、これが、船が造られた時代を判断する基準になっているのだ。

「本当に古代船だ!」

 私は川の流れに逆らいつつ、沈没船と一定の距離をとりながら舐めまわすように観察した。たとえ新しく見えても、2000年もの間川底に埋まっていた木材はカステラのように柔らかくなっている。身体や機材をぶつけて破壊しないように気を付けなければならない。

 それでも初めて目にする古代船を前に、パッションがふつふつと沸き上がってくる。

 何年間も憧れ追いかけてきた女性とやっと会えた……。

 そのくらい、感動する瞬間だった。

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沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う

山舩晃太郎

新潮社

2021年7月15日 発売