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頭抱えて「なんだァあ」…田中邦衛を困惑させた演出

 やはり今年亡くなった田中邦衛も、三谷にとって思い出深い俳優である。そもそもの縁は、テレビのバラエティ『ビートたけしのつくり方』(1993~94年)の1コーナーのミニドラマだった。邦衛が現場で見せる奔放さに魅せられた三谷は、そのやんちゃぶりを監督第2作の『みんなのいえ』(2001年)に登場する大工の棟梁役に当て書きした。邦衛演じる棟梁は昔気質の頑固さで、娘の家を一緒に建てることになった唐沢寿明演じるインテリアデザイナーと衝突を繰り返す。そこには往年の人気映画「若大将」シリーズで彼が演じた「青大将」のキャラクターも加味したという。

今年3月に88歳で亡くなった田中邦衛 ©文藝春秋

 ただ、撮影に入った当初は、あまりに弾けた演技を要求する三谷の演出に、邦衛は戸惑いを隠せなかったらしい。同作の公開時の雑誌記事では《例えば唐沢くんが図面を持ってくると、見た瞬間に頭抱えて“なんだァあ”って叫ぶみたいな、そんな動きしてくださいって。そんなリズムがこの棟梁にあるかな、っていう違和感はあったんです。けど、やっていくうちに、三谷監督の、作品のリズムっていうのがあるんだと、すこーしずつ分かってきた》と語っている(※4)。

《監督が言ってたこと、やっと分かったような気がする》

 三谷にも撮影中、印象に残るできごとがあった。あるシーンで、ここは小学生のように喜んでもらえますかとお願いしたのだが、邦衛は「大工の棟梁がそんなことするかなあ」と眉をひそめた。とりあえず撮影して、三谷からすれば思い通りのシーンが撮れたものの、邦衛は最後までしっくりいかない様子だったという。それが翌日、彼は撮影前に三谷のもとにやって来ると、《監督。ゆうべ寝ながら、昨日のシーンのこと考えたんだよ。そしたら監督が言ってたこと、やっと分かったような気がする》と言ってくれた。これに三谷は、自分の意図を理解してくれたことよりも、大先輩が帰宅して寝る前に、その日に撮ったシーンを思い返しているということ自体に驚き、思わず胸が熱くなったとか(※5)。

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 三谷にとって当て書きとは、俳優の素のキャラクターを役に反映させるということではなく、《この役者さんがこんな役をやったら面白いだろうな、こんな台詞を言ったら素敵だろうな、とイメージして書くのが僕の「当て書き」》だという(※6)。田村正和にしても、田中邦衛にしても、そんなふうに彼の膨らませたイメージを受け止めながら、一緒になって役をつくりあげた。そうして生まれたキャラクターは、俳優たちに新たなイメージをもたらし、世間にも定着していくことになる。

藤村俊二、梅野泰靖…憧れの俳優を起用し常連に

 三谷作品では、彼が子供のころから好きだった俳優を起用し、常連となったケースも少なくない。藤村俊二(2017年没)は『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』などのコント番組で見せる絶妙な間のよさが、三谷少年を夢中にさせ、後年、『ラヂオの時間』の元音響効果係やドラマ『王様のレストラン』(1995年)の「けっして酔わない客」など軽妙な役柄で彼の作品の常連となる。

少年時代の三谷を夢中にさせた俳優の藤村俊二 ©文藝春秋

 同じく『ラヂオの時間』をはじめ多くの三谷作品に出演した梅野泰靖(2020年没)は、劇団「民藝」の重鎮俳優だが、三谷は『刑事コロンボ』で3度も犯人役を務めたロバート・カルプに梅野が吹き替えた声が好きで、出演を依頼した。『ラヂオの時間』での役どころは、戸田恵子演じるわがままな歌手のマネジャーで、飄々としたキャラクターが印象深い。続く『みんなのいえ』でも、梅野が戸田とバーで一緒に飲んでいるシーンがある。同じ場面には、梅野と並んで、イラストレーターの和田誠の姿も見られる。