話が少しそれますが、台湾のIT大臣オードリー・タンは「私は保守的なアナキストだ」と称していますが、彼女のお母さんは、タンが不登校になり、自宅で学習することに決めたとき、それを全力で支援します。そして台湾の学校教育に問題があると考えて、自らオルタナティブ教育の学校「種子学園」を立ち上げています。その自立学習実験計画は、ユニセフから「アジア最高のオルタナティブ教育のひとつ」と評されるほど評判がよいのですが、実はサマーヒル・スクールとよく似ているんです。
そんな母親に育てられたオードリー・タンは17歳当時、泣けることを書き残しています。
「教育者は本当に何かを教えることができるのでしょうか。種子学園の先生の役割は、生徒と一緒に誰もが傷つかず怖い思いをしなくていい環境を整え、生徒を心の底から信じること。ただそれだけです」と(『天才IT相オードリー・タンの母に聴く、子どもを伸ばす接し方』KADOKAWA)。
自分の思ってることを言える環境が何よりも大切
私の保育士としての経験から言っても、子供は「セキュアベース」といって、安心して自分自身でいられる、自分の思ってることを言える環境にいることが何よりも大切です。イギリスの教育でもアカデミックな知識を詰め込む以前に、人間としてのエモーショナルな器を作ることを重視しています。4歳で小学校のレセプションクラスに上がるまでに目指す第一の目標は、「自分の意見が言える子供にする」こと。
自分の思ったことが言えるようになるためには、子供たちができるだけ傷つかず、怖い思いをせずに、自分自身でいられる環境を整えることです。そんな安心できる場所で、自由に、思い切り話し合わせてあげるところから民主主義の精神は立ち上がります。
「民主主義というのは概ねアナキズムのことなんだ」とグレーバーは語っていますが、自分の感情や意見を隠さずに出せる「わたしがわたし自身を生きる」アナキズム教育と、緑色のブランケットを広げて話し合い、互いに理解するエンパシー教育は不可分のものとして深く結びついている。まさにアナーキック・エンパシーなのです。(後編につづく)
(初出2021年6月26日。日付、年齢、肩書きなどは掲載時のまま)
ブレイディみかこ 1965年福岡県福岡市生まれ。96年から英国ブライトン在住。ライター、コラムニスト。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞、19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞、毎日出版文化賞特別賞などを受賞。他の著書に『労働者階級の反乱』『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け』『ブロークン・ブリテンに聞け』などがある。
INFORMATION
オンライン対談イベント
ブレイディみかこ×藤原辰史 7月13日(火)19時30分~
「パンデミックを生き抜くためのエンパシー」
https://peatix.com/event/1956363