私たちの社会の様々な思い込みを解きほぐす、『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)が話題のブレイディみかこさん。自助の精神からジェンダーロールまで、私たちはエンパシー(=意見の異なる相手を理解する知的能力)をどのように役立てればよいのだろうか。7月8日放送の「クローズアップ現代+」(NHK)への出演に寄せて、インタビューを再公開する。(全2回の2回目。前編を読む)
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壊しながら、新しく作って生き延びる
――アナキズムに対するイメージがガラッと変わりますね。
ブレイディ 「わたし自身を生きる」思想であるアナキズムは、個を屈服させるあらゆる制度――国家権力や社会のヒエラルキーへ疑いの眼差しを持ちます。たとえば政府は税金を市民のために適正なかたちで使っているのか? 欧州で早い時期から反緊縮運動を引っ張ったのも実はアナキストたちでした。グレーバーも、英国のガーディアンという新聞で緊縮財政を「経済サドマゾキズム」と呼び、緊縮を知的に正当化することは不可能だと書いていました。その経済的有効性は証明されていないのに、「負債と返済」の概念が「罪と贖罪」という宗教的概念にすり替えられて道徳的理由から行われている政策に過ぎないと。英語で「a pinch of salt」とか言いますけど、「ひとつかみの塩を持って疑う」、鵜呑みにしないで懐疑する姿勢を持っていないと、こういうことも見えなくなる。
まず、「当たり前」と言われていることを「それほんと?」と疑う。そしておかしいところが見つかったら絶えず下側から自由に人々が問い、自由に取り壊して、作り変えることができるマインドセット。それが「アナーキー」です。
福岡伸一先生の「動的平衡」じゃないですが、人間は全身の細胞が常に少しずつ壊されて新しく入れ替わることで生き延びていくように、国家もまた、古くなって機能しないところは恐れずに壊して作り変えないと生き延びられません。
細胞は常に破壊とセットになっていて、目的は「作る」ことではなく、むしろ作ったばかりのものを壊したりして生きている――そんな話を福岡先生からうかがったときに「細胞って、アナキストですね(笑)」と言ったんですが、生物が絶えず壊しながら新しく作って生き延びる存在だとしたら、組織や国だって同じです。