ほかの作業員には女性客から直接的な言葉で誘われたり、インターホンを鳴らしたら女性客が裸同然の姿で出てきたりといった経験をした人がいます。引越しの作業員というのは、ちょっとした刺激を得るのに都合がいい存在なのかもしれません。
ラブドールをトラックの助手席に座らせて運ばせる客
そのうえ、新藤さんは緊急事態宣言下の今年春ごろ、とんでもない“荷物”の引越しもさせられている。その荷物とは、人間と見紛うほどリアルなラブドールである。
──いったいどういう状況でラブドールを運ぶことになったんですか。
新藤 その客は古い2DKのマンションに住む30代前半の小柄な男性で、一見すると物静かな印象でした。荷物の量自体は普通のひとり暮らしの男性と同じだったんですが、奥の3畳ほどの部屋だけは、なぜかガラス戸が固く閉まったままでした。
そこでガラス戸を開けると、アンティーク風の椅子が真ん中にあり、髪が長くて肌の白い人形がフェミニンな服を着て座っていたんです。ものすごく高品質かつリアルなラブドールで、最初は人間の女性に見えました。作業員が集まって「あれはなんだ」「人?」「いや人形じゃないか」とヒソヒソ相談したくらいです。
──たしかに最近のラブドールのクオリティはすごいと聞きます。
新藤 でも、大変だったのはそこからでした。通常の手順通り、ドールにプチプチを巻いて緩衝材の布をかけようとしたら、男性が血相を変えて「何をしているんですか!!」と僕の手をガッとつかんだんです。「梱包して運ぼうとしているんですが」と答えると、男性は「それは違うでしょ。普通は人にそんなことをしない」と真剣な表情で言う。
──なるほど。男性にとってそのドールは「人」であり「彼女」なんですね。
新藤 そういうことみたいです。それで先輩を交えて男性と相談した結果、トラックの座席にドールを乗せて移動することになりました。通常の作業時は運転手、先輩、僕の3人で座席に乗って移動するんですが、僕は機材を運搬する別の車両に乗り、代わりにドールを助手席に座らせて、ちゃんと人間のようにシートベルトも着用させて運びました。