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出会った頃から一流のオーラ…元チームメイトだから分かる西武・栗山巧の“色気”

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/08/15

 栗山巧のことを初めて知ったのは、彼がプロ入り1年目の2002年、イースタンリーグで初めて対戦したときの打席だった。

 ヤクルトのキャッチャーとして出場していた僕、米野智人は打席の栗山を見て、こう思った。

「めちゃくちゃ男前だなあ! 俳優でもいけるぞ!!」

 そのときの打席の結果は忘れてしまった。見た目の印象が強すぎたからだ。とにかく男前だったことをよく覚えている。

 クリは僕の2学年下に当たる。当時、僕が高卒3年目で、彼が高卒1年目。お互い2軍で試合に出て、プロとして色々な経験を積んでいる時期だった。

 その後もイースタンリーグで対戦が続くと、クリの非凡な才能を感じた。すでに僕より遥かに技術が高いのはもちろん、何より打席での集中力と気迫が他の選手とは比べようがないほどすごかった。

 こういう打者はキャッチャーからすると難敵で、ゲームの勝敗を左右する大事な打席では対戦したくない。当時から勝負強い選手だった。その証拠に2007年にはチームトップの勝利打点10を記録している。

栗山巧 ©文藝春秋

栗山、中村、中島の「一流になる雰囲気」

 クリの同学年には、おかわり君こと中村剛也がいて、その1つ上に中島裕之(現巨人)がいた。

 当時、この3人と2軍で対戦して感じていたのは、彼らみたいな選手がプロで活躍する選手になっていくのだろうなということだった。近い将来、この3人は間違いなくライオンズを引っ張っていく中心選手に成長して、球界を代表するプレイヤーになる。僕だけではなく、多くの人がそう思っていた。

 その後、僕は2010年にヤクルトからトレードで西武に移籍して、彼らとチームメイトになった。3人とも仲が良く、若い頃からお互いを尊重し、刺激をもらいながら切磋琢磨して、一流の選手に成長したんだなと思った。僕は彼らの若い頃を思い出し、懐かしく感じたものだ。

 今になって振り返ると、彼らは若い頃から一流選手になる雰囲気(オーラ)を身にまとっていた。

 必ず1軍でレギュラーになり、活躍して、球界を代表する選手になる。若い頃からすでに決めていたのではないかと思うくらい、打席でも気迫のような、強い雰囲気が伝わってきた。

 試合中のクリとナカジは、似ているところがあった。特に若い頃、相手投手に向かっていく闘志がすごかった。怒らせたらヤバイな、と。

 僕は球界の先輩だけど、怒らせないように気をつけていた。もしデッドボールを当てたら、どうなるか知らないよ……(笑)。

 一方、おかわり君はあまり闘志を前面に出すタイプではなかったが、内に気持ちを秘めたタイプだ。球界初の“癒し系ホームランキング”と言えるだろう。