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「夏休み最後の日に、阪神、勝ててよかったな」小学5年生、ある夏の夜

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/08/27

 キャッチボールのせいで、試合開始に遅れた。

 8月24日の午後6時。日中、芸術系大学で小説の話をしゃべり倒してきた僕を、うちの玄関先で、息子のひとひ(10歳)が、グローブかかえて出迎えた。本人がやるといえば、いわれたほうは必ず練習につきあう、というのは、日本じゅうどこでも、野球少年をかかえた家族に共通する不文律だ。

サウスポーのひとひ少年 ©いしいしんじ

 守備練習40球、ピッチング40球。カラーボール打ち40球。

 座敷に駆けこみテレビをつけるや、

「あ、アメヤギさん。ドームやから、雨カンケーないわ」

 1回表、2アウト1塁。四番のソトは名前がソトだけに外角球をうまく運んでヒット。後続の宮崎を抑え、アメヤギさんはDeNA打線をこの回は零封。

 あっつ、あっつ、といいながら、ひとひは扇風機の首を固定し、風をひとり占めしながらノーパンになると、尻をむきだしてうつ伏せながら麦茶をなめている。

阪神ファンの少年の夏休み最後の日

 左の近本、中野がつづけてアウト。三番のサンズは空振り三振。

 2回表を前に、ひとひはプロ野球チップスカードの山をあさり、青柳投手の2枚をもってきて畳にならべる。マウンド上の右腕に、だんだんと勢いが出てくる。右バッターのインサイド攻めがとくにすばらしい。

「2冠イケ!」とひとひ。チェンジのタイミングで、「ちょっといま、シャワーはいってくるわ」。

 パソコンですばやくお風呂ミュージックを選曲。今夜はマイルス・デイヴィスのアルバム「バグス・グルーヴ」を大音響で。ぼくもその間2階へ、ふとんを敷きにあがる。

 座敷にもどると、早々にシャワーをすませた、やはり素っ裸のひとひがあぐらをかいてノートをひろげ、僕のかわりに試合経過をメモしてくれていた。

「おとーさん、ロハス、激走やで!」

 メモはこんな感じ。

「ロハスレフト前 きれいな、こうちょうらしいヒット おいこまれてから打てる→ちょうしいい きなみ レフトセンターかんきれいな二るい打 ロハスげきそう! セーフ! リクエスト セーフ~!!」「うめちゃんしんこくけいえん あおやぎさんいいファール 三しん しょうがない」

 ココアシガレットを口の端にくわえて鉛筆を走らせるさまは、まるでデイリースポーツのおっちゃんトラ番記者だ。

 3回表。青柳の得意ワザ、Pゴロワンバン送球にひとひ大喜び。あぐらをかいた膝にパソコンをのせ、「おとーさん、明日伊藤やで。そのつぎ、たぶんガンケル」「あ、巨人! 広島がんばれ。え、森下が1点とられた?」。

 青柳の投げた球種も、ネットのライブページを見て一球一球解説してくれる。

「いまのん、ツーシーム。あ、ちゃうわ、スライダー。10秒くらいずれんねん」

「ほんなら生のテレビみいや」

「あ、ほんまやね」

 青柳が1塁けん制、アウト! 三浦監督のリクエスト、判定そのままでアウト~!

「おとーさん、いまパ・リーグ、ヨシダ、3冠やで」と、イニングの間にはまたネットでひろった小ネタを披露。「うわ、スゲー、防御率1位は山本、勝率は宮城、山本やて」。

 阪神ファンの少年が、今年はけっこう「パはオリックス」になっている。