昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/07/21

source : 文藝出版局

genre : ビジネス, 働き方, 読書, ライフスタイル

 特に、通勤がないことが幸せだと思っているみたいで。でも僕は、専業作家になって通勤がなくなり、強制的に気分を切り替えられなくなったのが結構大変だったんですよね。これは、コロナ禍のリモートワークで気づいた人も多いと思います。僕ですら未だに、漠然とした不健全感をおぼえたりもします。だからFIREしても鬱になる人って、割と多いんじゃないでしょうか。FIREしないで幸せになる道を探した方が楽だし、精神的に健全な状態を維持できると思いますよ。

お金はステロイド

 20代の人たちと話をしていても投資の話を聞くことがあるんですが、お金は使った方がいいよって返しています。確定拠出年金やNISAもやめておきな、と。若い時の節約とか投資なんて長い人生で考えると損のほうが大きいから、欲しいものを買ったり、飲み会や旅行に行ったりした方がいいよって。毎日缶ビールを飲みたいなら、ワンコインの嗜好品なんか我慢しないで飲んじゃいな、って。

 お金ってステロイドと同じなんですよ。年齢を重ねてゆくと、同じ額を使ってもだんだん効かなくなる。子どもの頃は1000円あったらすごく豪遊できたじゃないですか。それがだんだん、30代で10万円のものを買ってもさほど心が動かなくなって。歳とってから大金を使うより、若いうちに少額を使い切ってしまうほうが、よほど幸せだろうと思います。

 とはいえ、10~20代の人にはなかなか伝わらないでしょうね。僕が投資を始めた当時、止めてくれる人は周りにいませんでしたが、同じことを言われたとして、従ったかはわかりませんし。

予感の入らない時間を求めて

——お金を増やすことに冷めた今、羽田さんが夢中になれることって何でしょう。

 最近だと、夜、暗いところを散歩している時ですね。霧っぽい小雨が降ってて数メートル先がぼやけてる時なんかが最高です。迷っている感じがいいんですよね。最近の世の中は何でも可視化されてしまっているから、心身ともに意識して迷おうとしないと、迷うことがないと思うんです。迷うための散歩は、自分の無意識下にあるなにかを探れる貴重な時間です。

 その次が原稿を書いている時ですね。特に今やっている文庫本の校正作業は、もう我を忘れてやっています。自分が赤ボールペンそのものになったかのように感じられる瞬間があったりして、まさに無我夢中です。

Phantom』(文藝春秋)

 どちらも、予感が入る余地がないんです。過去も未来もなくて、今しかない。結局そういう時間を増やすしかないのかもしれません。お金についても、増やすことにばかり関心がいき今の行動に制約がかかってしまうくらいなら、素直に今、お金を使おうよって思うんです。

 お金だけもっていても仕方がない。でも、人間的なつながりだけあればいいって人も、その維持のために周りを気にしながら、いわば相互監視的なムラ社会を生きなければいけないんですよね。それなら、人々と繋がりつつも経済的にはある程度自立していて、いざとなったらコミュニティに異を唱えられる自由さを保持しながら生きるのがいいなって。ここに答えはなくて、どちらか極端な方に振れないように、考え続けるしかないですね。

(写真=池田博美)

Phantom

羽田 圭介

文藝春秋

2021年7月14日 発売

この記事の写真(4枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文藝出版局をフォロー