日常で使う様々な言い回し。話していて、書いていて、ふとした瞬間に「あれ、これで言い方あっていたっけ……?」と疑念がよぎることはないだろうか。

 そんな日常で直面する「微妙におかしな日本語」について、『日本国語大辞典』の元編集長で、辞書一筋37年の神永曉氏が解説した『微妙におかしな日本語――ことばの結びつきの正解・不正解』より、一部を抜粋して引用する。

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 物事に着手したり、行動を開始したりするという意味で、「火蓋を切る」と言う。「14日間にわたる選挙戦の火蓋を切る」などと使う。ところがこれを「火蓋を切って落とす」と言う人がいる。

 この「火蓋を切って落とす」をどのように考えるべきなのであろうか。

「火蓋」は、火縄銃の火皿(火薬をつめるところ)の火口を覆うふたのことで、「火蓋を切る」で、火縄銃の火蓋を開いて点火の用意をする、また、発砲するという意味になる。

 インターネットで検索すると「切って落とす」の用例はけっこう見つかるし、国立国語研究所(以下、国研)のコーパスにも使用例が存在する。ただし残念なことに国研のコーパスでは、「切る」も「切って落とす」も区別なく表示されるので、用例を逐一見ていかなければならないのだが。
※編集部注・コーパス:新聞、雑誌、本などに書かれている言葉を集めたデータベース

 また、私が普段使っているパソコンのワープロソフトは、「火蓋を切って落とす」と書こうとしたときは普通に変換してくれるのだが、「火蓋を落とす」と入力すると《「火蓋を切る」の誤用》と表示される。「切って落とす」よりも単に「落とす」と書く人の方が多いということなのであろうか。ただし国研のコーパスでは「火蓋を落とす」は見つからない。

 いずれにしても「火蓋を切って落とす」は、「幕を切って落とす(事を始める、初めて公開するの意)」との混同から生まれた言い方なのであろうが、本来の言い方ではない。

 なお、「火蓋を開く」と言う人もいる。もちろん火縄銃を撃つためには、火縄の火口をおおうふたである火蓋を開かなければならないので、そうした行為に対する表現としては適切である。だが、物事に着手したり行動を開始したりするという意味の場合は、「火蓋を開く」を使うのは避けるべきである。