卓球・混合ダブルス決勝で26日、水谷隼(32=木下グループ)、伊藤美誠(20=スターツ)組が、中国の許シン、劉詩ブン組に4ー3で勝利。日本卓球界初となる悲願の金メダルを獲得した。

 試合後、水谷は「中国という国に、今まで本当にたくさん、五輪、世界で負けてきて、東京五輪で今まで全てのリベンジできた。本当にうれしい」と語り、伊藤は「すんごくうれしいです。あきらめないで戦えて、最後まで楽しかったです」と語った。

 日本女子のエースとして存分に力を見せつけた伊藤。その強さの秘密は一体どこにあるのだろうか。卓球コラムニスト・伊藤条太氏が伊藤の“凄み”をわかりやすく解説する。(初出:2018年11月26日 日付、年齢、肩書等は掲載時のまま)

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 それは誰も見たことのない卓球だった。中国のトップ選手たちがあっけにとられたのも無理はない。2018年10月29日から行われたスウェーデンオープンで、中国が誇るトップ3を立て続けに破った伊藤美誠のプレーだ。それは理不尽なまでのバックハンド強打だった。バックハンドとは、体の前でラケットの手の甲側の面で打つ打法で、体の横でラケットの手のひら側の面で打つフォアハンドよりもスイングの回転半径や回転角度が小さいため、一般的には威力が劣る打法だ。

 伊藤は、サービスやレシーブの巧みさ、フォアハンドのスマッシュなど全面的に優れた技術を持つが、あの試合を決定づけたのは、そのバックハンドによる回転をかけないフラット強打だった。しかも伊藤はバック面に、突起が表面に出ていて回転のかかりにくい表ソフトラバー(「表」と呼ぶのは、このタイプのラバーが先に登場した歴史的経緯による)を貼っているため、それは極端に回転の少ない無回転強打だった。これが相手を戸惑わせて返球を甘くし、伊藤はそれをフォアハンドスマッシュで狙い打った。

混合ダブルスで金メダルを獲得した水谷と伊藤 ©JMPA

ほとんどの攻撃選手は「ドライブ」を使う

 もちろん回転をかけないこと自体は簡単である。初心者のボールは回転がかかっていないのだし、多くの卓球愛好者はむしろ回転をかけようと日々奮闘している。難しいのは回転をかけないことではなく、それで速いボールを入れることだ。

 直感的にわかるように、速いボールほど直線的に飛ぶ。打点が十分に高ければ、全力で打った直線的なボールでも相手のコートに入れることができる。これがスマッシュだ。しかし高いボールはそうそう来ないから低い打点を余儀なくされる。打点が低いほど、直線的な軌道で相手のコートに入れることは難しくなるため、ボールを遅くして軌道を山なりにするのが一般的だ。

 ところがボールに「ドライブ」と呼ばれる前進回転をかけると、空気抵抗によって軌道が極端に山なりになり、コートに入る確率が飛躍的に増すのだ。ドライブこそは、速いボールをあたかも遅いボールのように安全に相手のコートに入れることができる理想的な打法なのだ。だから現代のほとんどの攻撃選手はドライブをその打法の中心にし、もっとも効率よくそれを実行できる裏ソフトラバー(表面が平坦なタイプで「表」ラバーを裏返したもの)を使う。卓球のテレビ放送でアナウンサーがスマッシュと言う場面の多くが実際にはスマッシュではなくドライブである(ラケットを卓球台より下から振り上げるので容易に判別できる)。